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3-15.ラフィオの問題

 つむぎの通う小学校は、どこにでもある公立のところ。色とりどりのランドセルを背負った小学生たちが次々に校舎に入っていく。


 五年二組がつむぎの教室。入った途端、つむぎは少し足を止めた。彼女の姿を見た途端、教室の雰囲気も少し凍った気がした。

 つむぎの手が、鞄の取手を強く握るのがわかった。


「頑張れ。お前ならできる」


 ラフィオはつむぎにしか聞こえない小さな声で、そっと励ました。


 つむぎの視線はある一方向で止まっていた。その先にいたのが、例の綾瀬さんなのだろう。


 少し幸薄そうな風貌をしているけど、美人なのは間違いない。

 あまり小綺麗な格好とは言えなかった。来ている服は安物で、しかも着古しているのかヨレヨレ。

 ファッションにあまりお金をかけられる環境ではなさそうだった。だから、おしゃれに気を遣っている男の子に惹かれている。普段と違う格好をしたクラスメイトに嫉妬する。


 そんな背景をラフィオはすぐに察せられた。たぶんつむぎも、そういう事情はわかっているはず。

 けど、やったことの謝罪はしないと。


「昨日はごめんなさい、ももちゃん」


 その少女の前までやってきたつむぎが、少し頭を下げてそう言った。

 普段から、その少女をこう呼んでるのだろう。


 一瞬だけ静寂が流れて、そして。


「うん、いいよ。こっちこそ、ごめん。昨日お母さんに怒られちゃった。お互い様だから、あなたも謝りなさいって」


 綾瀬さんの方も少し頭を下げてそう言った。

 教室の緊張がやわらぎ、喧騒が戻った。


「本当に? でも」

「先に嫌いって言ったのはわたしの方。……つむぎちゃん、今日はスカートじゃないの?」

「うん。あのね。彼氏がね、スカートじゃなくてもわたしはかわいいって言ってくれたから」

「え……それ本当!?」


 綾瀬さんの叫びに、教室の喧騒がまた止まった。

 ラフィオも凍りついた。


「えー!? 御共さん彼氏いるの!? 誰!? この学校の子!?」


 クラスの中の、大人びた性格をしているらしい女子生徒が、つむぎの前に飛び出すようにやってきて猛烈な勢いで尋ねてくる。


「み、みんなの知ってる人じゃないよ。この学校の人じゃないから」

「え? もしかして年上の、中学生の男子とか!?」


 さっき尋ねた女子がそんな声をあげた。他の生徒たちも、その質問がまるで事実であるように黄色い悲鳴をあげながらつむぎに視線を集めていた。


 これが女子小学生ってやつか!


「ち、違うよ。マンションの隣の家で預けられてる男の子。わたしと同じくらいの歳だよ」


 おい。それって。つむぎが彼氏と言った時点で予感はしていたけど、ラフィオは自分のことを公然と彼氏と表現したこと唖然としていた。


 彼女のクラスメイトたちは、それって外国の子、みたいにワイワイ騒いでいたけど。


 ふと綾瀬さんの方を見る。彼女はつむぎが恋のライバルではないことに安堵している顔をしていた。

 彼氏がいるなら、自分の意中の相手に手を出すことはない。つむぎがそういう面で信頼されているのはよくわかった。


 ラフィオにとってはそれどころではないけど。クラスの女子たちが、会いたいと口々に言い始めた。


 諦めろ。小学生の力は弱い。そして世界は狭い。友人の家に預けられた子なんて関係の遠い存在と会うなんて、そう簡単にはできない。そのはずだ。そうであってくれ。


 パワフルな小学生たちが色々話しているのを、ラフィオは祈るような気持ちで聞いていた。



――――



「問題が起こった……」


 今日も補習の遥を放って、つむぎのことが気になった俺はすぐに帰宅した。

 すると、つむぎと一緒に小学校に行っていたラフィオが、疲れた様子でそう言った。


 今度はお前か。


「あのねっ! 今度ももちゃんとクラスのみんなと、一緒に遊びに行くことになったの!」

「なるほど。みんなと。クラスのみんなだけでか?」

「ううん。ラフィオも一緒!」


 つむぎの話によれば、彼氏と紹介してしまったラフィオをみんなが見たいと行ったから、じゃあ一緒に会いに行こうとなったらしい。

 うちに押しかけるのは迷惑だから、連休中に外に遊びに行く。なるほど、よその家庭への気遣いもできている。


「なるほどなー。ラフィオも頑張れよ」

「嫌だ……」

「大丈夫だよ! ラフィオかっこいいもん! みんなに気に入られるよ」

「嫌だ。世間に出たくない……」


 他所の世界から来たラフィオは、これまで澁谷の取材くらいでしか人前に出ることがなかった。


 マスコミの取材に比べれば小学生の集まりなんか大した露出ではないのだけど、ラフィオの中では違うらしい。

 あれでもテレビ局は、守秘義務は守ってくれるもんな。ラフィオがどういう存在で、魔法少女の件との関わりを持ってるかなんて秘密事項は、小学生の前では絶対に隠し通さないといけない。


 その気苦労に対する警戒か。


「それでね、クラスの人のお父さんとお母さんと一緒に行くんだけど、わたしの家からもひとり、引率がいた方がいいってことになって」

「つむぎの親は?」

「お休みの間、ずっと仕事だって」

「そっか」


 じゃあ、俺が行くしかないかな。それか。


「ただいまー。ゆうまー。ビール買ってきたから冷やしといてー」

「姉ちゃん、連休に予定なんかないよな?」

「なによ急に失礼な質問ね。……ないけど」

「つむぎ。引率者が決まった」

「やったー!」

「ちょっ! 突然なによ! どうなってるの!?」

「小学生の集団を率いる大人が欲しかったんだ」

「いやいや! 無理だって! てか、どこに行くかも聞いてないし!」

「模布湖ウサギさんランドです! あと、子供の日に行きます!」


 友達とのわだかまりが解消したつむぎが、実に楽しそうに言った。

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