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3-12.つむぎとスカート

 しばらくすると、いつもよりゆっくり歩きながらつむぎが戻ってきた。


「どうでしょうか悠馬さん。ラフィオはどこですか?」

「キッチン」

「ラフィオー!」

「あ! こら駆け出さないで! スカートめくれちゃう!」

「えー」


 遥が素早く手を伸ばして、つむぎの体を止めた。

 片足は松葉杖を持ってるのに、器用なものだ。


「走ってもいいけど、ちゃんと気をつけて」

「むー」


 風呂場から戻ってきたつむぎは、しっかりとミニスカート姿になっていた。


 この格好は本当に恥ずかしいらしい。スカートの裾を掴んで、下に引っ張っている。

 魔法少女に変身した時も最初は恥ずかしそうだったな。


「遥さん。なんかスースーする……」

「そういうものだからねー。でもつむぎちゃんも、中学に上がったら制服はスカートだよ?」

「えー。やだ……」


 制服に縛られたくない女の子も世の中に多いと聞く。


「ラフィオー。わたし、スカート履いてるから。見てー」

「後でな」

「ラフィオー」


 つむぎは、スカートのお尻の方を手で抑えながらキッチンまで小走りで行く。

 見てほしい。あるいは助けて欲しかったんだろう。


 ラフィオが似合わないと言えば、つむぎはすぐに戻ろうとするはず。

 けど。


「あー。なんというか……かわいいと思うぞ」


 エプロン姿のラフィオは、少し目のやり場に困るといった様子でそう答えた。


 お前、同じくらい短いスカートの魔法少女の格好を作ったくせに、つむぎが私服でこうなるのは恥ずかしいのか。


「僕にはファッションのことはよくわからない。けど、今のお前はかわいい……かな」

「うんうん。ラフィオもわかってるね。女の子が新しい格好に挑戦したら、まずは褒めるべきなんだよね。悠馬も見習いなさい」

「はいはい」


 ラフィオの場合、つむぎにそんな遠慮をする性格はしていない。

 つまり今のは本心か、モフられたくないがための嘘だ。


 たぶん後者だろうけど、ラフィオ自身も少し顔を赤くしてる。


「わかった。ラフィオが好きなら、しばらく着てみる……」

「うん」

「本当に似合ってるんだよね?」

「当たり前だ」

「やったー!」

「おい! やめろ抱きつくな! これから包丁使うんだよ!」


 恥ずかしさをなんとか振りきろうと、つむぎは普段より大きな声と勢いでラフィオに抱きついた。


 結局ラフィオはモフられる運命なんだろうけど、放っておけば永遠に夕飯ができない。

 愛奈が帰ってきて空腹を訴えてうるさくなる前に、つむぎを引き剥がした。


 その日はずっと、つむぎは足元を気にしながら過ごしていて、遥から受け取った紙袋を提げて帰っていった。


「あの中身、スカート一着だけじゃないのか?」

「何着か入れてるよ。日替わりで履けるようにね」

「そうか。本人が納得してるなら別にいいんだけどな」

「ショートパンツのつむぎちゃんもかわいいけど、スカートはもっとかわいいよね。いいことしちゃったなー」

「どっちがいいかは個人的な感想だけどな」


 遥が普段スカート派なだけだ。




 そして翌日。


「おはようございます、悠馬さん。ラフィオ」

「おう。おはよう。元気ないな」

「この格好で外に出るの、ちょっと恥ずかしくて……」


 朝、俺と同じタイミングで家を出るつむぎは、しっかりとスカート姿だった。


「無理しなくていいんだぞ」

「いえ。ラフィオがかわいいって言ってくれてるので」

「だってさ」

「いやまあ、似合ってるともかわいいとも思うけどさ。僕もそこまで元気がないと、なんか調子出ないというか」


 天敵が普段と違う様子を見せていることに、ラフィオも戸惑い気味だった。


「ううん。ラフィオの喜ぶことなら、できるだけしたいから」

「だったらモフモフ断ちをしてくれたら一番嬉しいぞ」

「それはやだ」

「だよなー」


 いまいち調子の出ない会話をマンションの廊下で交わす。すると。


「カー」

「カラスさん!?」


 頭上でカラスの鳴き声が聞こえた。モフモフの気配につむぎは顔を上げて、まさに飛んでいるカラスを捕まえるために手すりに足をかけようとして。


「今日はやめておけ」


 俺に腕を掴まれて止まった。


「でも」

「その格好でマンションから飛び出すな」


 飛んでいるカラスを捕まえた上で無事に着地すること自体、つむぎには造作もないことだろう。

 けどその過程で、スカートが大きくめくれる気がする。朝のこの時間帯は、道行く人も多い。

 今も、手すりに足をかけるために大きく足が開いている。


 こういう動きを避けるために、遥が用意したんだよな。


「うぅっ……やりにくい。ラフィオー!」

「ぐえっ!?」


 去ってしまったカラスから得られなかったモフモフをラフィオに求めたつむぎ。鞄の中に隠れていたラフィオは逃げることもできずに、強く掴まれることになった。



「ということがあったんだ」

「そっかー。つむぎちゃん、元気ないんだ。悪いことしちゃったかな」


 昼休み、遥と一緒にお弁当を食べながら今朝のことを話した。


「人にはそれぞれ個性があるものだからね。無理に変化させるのは得策じゃない」

「他人事みたいに言ってるけどな。つむぎがスカート履いたのはラフィオのせいだぞ」

「わかっているとも。おとなしくなってくれると思ったけど、結局僕は掴まれたし。無意味だったな」

「お前、本当にモフモフされないために、つむぎのこと褒めたのか?」

「まさか。あの姿が新鮮で好きなのは本当だよ。多少の打算はあったけどね」

「…………」

「…………」

「なんだよ」


 俺と遥に凝視されて、ラフィオは戸惑った様子を見せる。

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