「今日も俺の家、寄っていくのか?」
「うん! でも、一旦わたしの家に帰ってからでいい?」
「いいけど、なんでだ?」
「ちょっと持っていきたいものがあって」
なんだろうな。料理関係のものかと思ったけど、遥はニコニコ笑うだけだった。
遥の家は、バス停を起点として俺の家の反対側にある。二階建ての一軒家だ。
ここが家だとは教えてもらったことはあるけど、上がるのは今日が初めて。
「ただいまー。さあ悠馬、遠慮なくあがって」
「お邪魔します」
遥の家がなんの仕事をしているのかはわからないけれど、割りと大きめの家と上品な雰囲気から、それなりに裕福なんだと察せられた。
なんか玄関横の靴箱の上にきれいな置物とかあるし。廊下とか床にものが散らかってないし。いや、俺の家も散らかりようは最近改善されたからな。ラフィオが掃除してくれてるおかげで。
遥の帰宅に、中年の女が姿を現した。
長い髪の品の良さそうな女性。けれどどことなく、遥に似ている気がした。
「おかえりなさい。あら、その子は」
「悠馬だよ。ほら、毎朝バスに乗るの手伝ってくれてるクラスメイト」
遥が、壁にかけられているタオルで車椅子の車輪を拭きながら説明する。
家全体がバリアフリー化されているらしい。玄関の段差にはその幅の半分ほどを占めるスロープがついていて、遥は当たり前のようにそこを登って車椅子のまま家に上がる。
そんな遥の動きも、出迎えた女にとっては当たり前のこと。
「そうなのね。初めまして、遥の母です。遥がいつもお世話になっております」
「初めまして。双里悠馬です。お邪魔します」
「ええ、お茶をお出しするわね」
「もー。お母さんそんなに構わないでよ! すぐに出かけるんだから!」
「あなたは早く部屋で着替えてきなさい」
「はーい」
仲が良さそうな様子を見せながら、遥は家の中を進み、階段の方まで行く。
そこで車椅子を降りて松葉杖だけ持って、階段の手すりに沿うようにとりつけられたエレベーターで二階まで上がっていった。
「え、遥の部屋って二階にあるんですか?」
「そうよ。事故の前からね。簡単に登り降りできるようにエレベーターをつけたの。さあ、上がって」
母に言われるがままにリビングに通される。そしてお茶とお菓子を出されてしばらく待つ。
いきなりの来客にお菓子まで出してくれるなんて。いい母親だな。
「お待たせ! さ、行こ!」
私服の遥がリビングに戻ってきた時、彼女の手には紙袋が下っていた。
「なんだそれは」
「ふふふ。内緒です!」
すごく嬉しそうだ。
お母さんに丁寧にお礼を行って神箸邸を辞して、俺の家に向かう。あの家と比べれば狭いしバリアフリーでもないけど、愛すべき我が家だ。
「こんにちはー。つむぎちゃんいる?」
「遥さんこんにちは! ラフィオー!」
「うわっ! おい! 誰か助けてくれ!」
今日もつむぎは来ていた。こっちに駆け寄ってくるなり人間の姿になりそこねたラフィオを捕まえて、ソファに寝転がって抱きつきモフモフしはじめた。
車椅子から降りて、紙袋を持ったまま器用に松葉杖で家の中を進む遥は、つむぎの方に近づいて。
「駄目だよつむぎちゃん。もしスカート履いてたら、そんなことしてたらパンツ見えちゃうよ?」
「え?」
そんな指摘をした。
いつもと同じように、つむぎはショートパンツを履いているから、見えてしまう心配はない。
「この前ハンターになって戦ってるのを見て、短いスカートで動き回るのを見て危ないなって思ったんだよね」
「なるほど」
ハンターは俺たちが下にいる状態で、躊躇なく窓枠にぶら下がっていた。
普段はスカート履かないで、そういう動きをしてるのだろう。そして、魔法少女に変身した時に同じ感覚で動いて、俺たちはちょっと気まずい思いをする。
動き回るのはライナーも同じだけどな。でもライナーの場合は動きが速すぎる。目で追いにくいし見えない。
別に俺が見ようとしてるわけじゃないぞ。
「というわけで、つむぎちゃんにはスカートを履いてもらいます」
「えー。恥ずかしいよ」
「まあまあ。一回やってみてよ」
「えー」
遥は紙袋からスカートを取り出してつむぎに迫っていく。短めのヒラヒラしたタイプだった。
中身はそれだったか。
「大丈夫。サイズは合ってるはずだから。わたしのお古だけどね。もう妹も着れない大きさだし、つむぎちゃんにあげる」
「でも……」
「僕も、お前には可愛い格好をしてほしいな」
「え? ラフィオもスカートがいいの?」
「隙あり」
「あっ!」
今のは嘘だな。少なくとも、目的は別にあった。
つむぎが驚いて少しだけ手の力が緩んだ瞬間に、ラフィオは彼女の手を抜けて素早く人間態になって俺の後ろに隠れた。
「もう! ラフィオ!」
「いいじゃないか。つむぎの新しい姿、僕は見たいな」
少なくとも着替えている間は襲われないもんな。それにスカートで動きを制限されれば、それだけ襲われても抵抗しやすい。
「そ、そう? ラフィオがそう言うなら……やってみる……」
ところがつむぎの方は、ラフィオのことはちゃんと好きなわけで。
恥ずかしのか体をもじもじさせながらも、着替えるために遥と一緒に風呂場に行った。
「ラフィオ。お前のために女が恥ずかしさを我慢してるんだぞ。なにか言うことはあるか?」
「ないね。僕は夕飯の準備をする」
「本当は、ちょっと嬉しいだろ?」
「……どうかな」
素直じゃないな。