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3-10.遥の勉強と愛奈の怠惰

 その後しばらく、実践での学びが続いた。


 俺より力のないはずの樋口に何度も投げ飛ばされつつ、俺は少しずつコツを掴んでいった。


「どう? 身につきそう?」

「黒タイツどもを一体ずつ相手するなら、なんとかなりそうだ」

「最初はそれでいいのよ。むこうが複数で来るからって、馬鹿正直にそのまま相手することないわ。自分がやりやすい形にもっていきなさい」

「なるほど。そうだな。頑張ってみる」

「勉強も自分の好きなやり方に持っていけないかなー」

「遥は真面目にやれ」

「ねえ樋口さん。成績が上がる方法を教えてください!」

「授業をよく聞いて、教科書をよく読んで、予習復習を欠かさないことよ」

「えー。樋口さんまでそんなこと言うんですかー? そんな地道なのじゃない方法がいいです」

「地道にやりなさい。わからない所があったら教えてあげるわ」

「ううっ。勉強を見てくれる人が増えた……怖い……」


 テスト前なのは樋口も知っている。学生時代が懐かしいわねと言いながら、ここから先は樋口先生の座学の時間となった。


「き、厳しい。公安怖い……」


 一時間もすれば遥は音をあげてしまう。


「頑張ってください遥さん! 今、プリン作ってますから!」

「プリン……うん、頑張る」


 つむぎとラフィオは休日にプリンを手作りするのが趣味になってしまったらしい。


 冷蔵庫の代わりに氷を敷き詰めたクーラーボックスを使って冷やす。今日はプリンの素を使わず、材料を混ぜて手作りする方針らしい。

 ここを拠点として頻繁に使うなら、小さいのでもいいから冷蔵庫を買うべきかもしれないな。


 前みたいに、集まってバーベキューしたいって大人たちが言うかもしれないし。俺は酔っぱらいに絡まれるのは勘弁したいところだけど。

 そんな感じで、夕方までみっちりと遥の勉強に付き合ってから、マンションまで帰った。


「ただいまー」

「ゆうまー!」

「うおっ!? どうした!?」


 愛奈が、部屋から這い出るように俺に迫ってきた。弱々しい動きで、だけど。


「お腹空いたー! 朝から何も食べてないのよ!」

「あー」


 愛奈の存在を忘れていた。というか意識から外れていた。


 朝、つむぎが家に来てミラクルフォースを見てから拠点の一軒家に行く時点で、姉ちゃんはまだ惰眠を貪っていた。

 放っておいてもなにか食べるだろうと思ってたけど、愛奈はそんな努力も惜しんだらしい。


 結果、昼過ぎまで寝てた挙げ句、その時点で襲ってきた空腹に対して何の行動も起こさずにベッドの上で夕方までじっとしていたらしい。


 なんて怠惰な休日の過ごし方だ。


「ラフィオ、夕飯の準備してくれ」

「いいとも」

「ゆうまー! 構って! 寂しかった!」


 ずっとベッドの上にいたくせに、人並みに孤独は感じていたのか。


「だったらあの家に来れば良かっただろ。誰かがなんか用意してくれたぞ」


 キッチンもあるし、近くにはスーパーもある。ラフィオはそのキッチンに立ってたし、遥なんか勉強から抜け出すために大喜びでなにか作っただろう。


「うん。それは考えたわ。けど行ったら、樋口さんが」

「樋口が?」

「あなたも鍛えなさいって言って、トレーニングにつきあわされるなって思って」

「だろうな」


 その光景は容易に想像ができた。前もそうだったし。樋口は歳が近い同性の知り合いである愛奈に対抗意識かあるいは優越感みたいなのを持っているのかな。

 それか、本気で世界の行く末を憂いて魔法少女の強化を真剣に考えているかだ。いずれにせよ、愛奈もまた格闘術の訓練として投げ飛ばされたり、ランニングを命じられたりするのだろう。


「そんなのは嫌です! というわけで家に引きこもってました!」

「気持ちはわかるけど、情けないな」

「うぅっ。でもわたし、誰もいない部屋で一日過ごしてたんだよ? 静かな家の寂しさに耐えてたんだよ?」

「お前、しょっちゅう有給使って平日から家でひとりで過ごしてるだろ」

「うぐっ? そ、それとこれとは別のことだもん! それより悠馬寂しかったから構って!」

「明日からのテストの勉強しなきゃいけないから、テスト終わってからな」

「そんなー! どうせ今回だって、大して勉強しなくてもいい成績出せるでしょ!?」

「勉強してるから成績出せるんだよ!」


 まあ、普段から勉強してるからというのもあるけど。

 そういうわけで、俺は年長者の尊厳をかなぐり捨てて泣いてすがってくる姉を無視して、自室で勉強の続きをする。



 その努力のおかげで、俺の中間テストはしっかり手応えを感じられる出来だったし、点数もなかなか高いものだった。さすがに、学年一位とかは届かないけどな。今回は四位だった。上出来だろう。


 そしてテストの出来が危うかった遥はといえば。


「じゃーん! 数学と化学以外は赤点回避できました!」


 他の試験の点数も赤点ギリギリで褒められたものではなかったけれど、遥にしては上出来だ。片手で赤点だった答案用紙をしっかり見せながら親指を立てるほど得意げなのは、さすがにどうかと思うけど。


「補習もそんなに長い時間にはならないし、これで心置きなくお休みを楽しめるね!」

「そうだな。補習はしっかり受けろよ」

「わかってるわかってる! さー今日は早めに帰ろっと。車椅子押して!」

「はいはい……」


 比較的無事だった試験の結果にテンションが上がっている遥の車椅子を押して、帰りのバスに乗る。

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