自分はそういうのとは違う良い人間って言いたげだし。サボり魔の自覚あるくせに。
「ぷはっ! とにかく、この後輩がいたら、わたしサボれないかもしれないの!」
「そうだな。けど会社の命令だろ? どうするんだ?」
「もしもし樋口さん?」
「おい」
なんで公安に頼る。こんなくだらないことで。
「ええ。そういう事情で。え? その子のこと調べてくれるんですか!? やったー!」
「おいこら公安」
愛奈の手からスマホを奪い取って自分の耳に当てる。
「駄目社会人の戯言に公安が付き合うな」
『そうは言ってもね。魔法少女の戦いに支障が出るかもしれないなら、仕方ないわ』
電話の向こうの樋口は、話し手が俺に変わったことにも驚く様子はなく話している。
その口調には少し、疲れと呆れの色があった。
『愛奈は営業の仕事を抜け出してフィアイーターと戦うことも多いわ。それができなくなるのは公安としても困るの』
「ああ。それはわかる」
愛奈が仕事をサボれるかどうかに、街の平和がかかってしまっている。
ひどい話だ。
『だから、その後輩ちゃんのことは調べるわ。そこから先はあなたたちで対処しなさい。公安でも、企業の方針を変えるのは難しい。大企業の大局的方針ならともかく、地方の企業の一個人の人事なんてね』
「まあ、それはな。大企業ならいけるのか?」
「大きな組織ほど、後ろ暗い事情はできるものよ」
恐ろしいな公安。
とにかく、愛奈の今後の仕事の運命を託されてしまったらしい。公安まで関わったんだから、俺も無視はできなくなった。
「そうだもうひとつ。戦闘員と戦ったんだけど、頑張れば勝てそうだった。……そろそろ本格的に格闘術を習いたい」
『ええ。いいわ。あなたの力も役に立つ時が来たみたいね。あの黒タイツ相手なら、ただの人間でも比較的安全に戦えるし』
「黒タイツ?」
『テレビ見てないの? 既に市民の間には、そういう名前で認知されてるわ』
リモコンに手を伸ばしかけて、そういえば遥が勉強中だったと自分のスマホに切り替えた。
「ねえ! 今テレビ見ようとしてたでしょ! てか悠馬だけ電話しててずるい! わたしもう勉強したくないな!」
「やれ。なにかわからない所はあったか?」
「んー。なんというかな。何がわからないかが、わからない」
「仕方ない。小学校の単元あたりから復習させ直すか」
「待って! それはさすがに恥ずかしい! わたしだって分数くらいはわかるよ! 三角形の面積とか円の面積とかはできるし!」
自慢げに言うな親指を立てるな。
「例えば数学がわからなくなったのは、いつだ?」
「そうだね。xってやつが出てきた頃かな。なんで数字に当たり前のように文字が混ざってるんだー! ってなった」
「あー」
「文字を足したり引いたりなんかできないよね?」
「中学生の頃から復習だな」
「えー!」
『ちょっと。テレビは見たの?』
「あ、忘れてた」
『公安の電話を放置とか、なかなか図太い神経してるわね』
「ねえ悠馬。いつまでわたしのスマホ使ってるのよ」
「なあみんな。夕飯できたぞ。ちょっと早いけど食べよう」
「おやつの高級プリン、早く食べたいもんねー」
「うるさいな! お前はさっさと自分の家に帰れ!」
「えー。でも今日も、お父さんもお母さんも帰って来ないって連絡あったもん」
ああ。今日も俺の家は賑やかだ。
結局遥の勉強は中断して、夕食を食べながらテレビを見ることに。樋口は愛奈の後輩についてわかったら連絡すると言って電話を切った。
テレビは全国放送の夜のニュースにチャンネルを合わせる。この模布市にしか出没しない怪物の話題なんてローカルニュース扱いになりそうだと最近思えてきたけど、全国に放送されていた。
特に今日は、怪物たちの新要素もあってトップニュースになっていた。
ネットでは戦闘員を黒タイツと呼称する動きが出ていると、たしかに言っている。
「どっちが呼びやすいかしら。戦闘員と黒タイツ」
「黒タイツの方が、どっちかというと日常で使う言葉だし呼びやすさはあるかな」
「そうねー。わたしも履いてるし」
帰ってきてから、まだスーツを脱いでない愛奈がこれみよがしに足を組む。たしかに黒タイツだけどさ。
スカートの中が見えかけて、俺は目を逸した。姉の下着なんか見たくない。
「かっこよさなら、僕は戦闘員の方が適していると思うけどね」
「でもさ。あのキエラって女が作ったやつをかっこいい呼び方するのはムカつかない?」
「お前はキエラへの憎悪が強すぎる」
「えへへ。でも、あの女も妖精の姿になったらモフモフだよねー。モフり殺したい」
「世界で一番嫌な死に方だな……」
「つむぎちゃんの言うこともわかるな。戦闘員と黒タイツだったら、敵のことは黒タイツって呼びたい」
「言いやすいしなー」
そんな、他愛もない会話をしばらく繰り返して、今日も一日が終わろうとしていった。
ちゃんと夕飯の後にも、しばらく遥の勉強に付き合ったからな。
――――
「人間はセンスがないわね。なによ。黒タイツなんてダサい名前」
「キエラはなんて名前になってほしかったの?」
「わたし? そうね……フィアイーターの補助をするから、サブイーターとか」
「言いにくいね。戦闘員の方が良かったかな」
「あなたもそんなこと言うの?」
「あ、ごめんなさい。気を悪くしないで」
「いいのよ。正直、わたしもどんな名前がいいかわからなかったから」
人間のやることはわからないと思いながらも、キエラはティアラには文句を言う事はなかった。