そんな光景を横目に、俺も戦闘員の一体と対峙していた。殴りかかってきた拳を避けながら胸のあたりを掴む。
見た目は全身黒タイツだけど、感触は人間の素肌に近い。皮膚を直接掴んでいるような感覚で気持ち悪い。もちろん、服と違って掴みにくい。
それでも力任せで戦闘員の体を押し、背後にあった背の低い棚に叩きつけた。その棚の角に向けて、敵の首を掴んで何度も叩きつける。
人間ならこれを繰り返せば死ぬ。戦闘員もそのはずだ。
「よし! みんな! フィアイーター殺したよ!」
セイバーの声。まだ死んでない戦闘員の体を放り投げてそっちを見れば、三角コーンの体に剣を深々と突き刺しているところだった。
フィアイーターの体が黒い粒子と共に消えて、壊れた常識的な大きさの三角コーンに変化していく。
「フィ……」
「お?」
同時に、まだ死んでないはずの戦闘員の体も消滅していった。
「こいつらはフィアイーターのコアから分離してできた存在。だから本体のコアが壊れたら、こいつらも消えてしまうのかな」
「みたいねー。フィアイーターさえ殺せばいいんだから、楽よね」
「そのフィアイーターを命懸けで守ってましたけどね。結局、ほとんど全員はこの手で倒さないといけないと思います」
「面倒ねー」
「けど、俺の出番が増えた」
「え?」
「こいつ、俺でもなんとか倒せる。複数人一度に襲いかかられたらまずいけどな。樋口に、ちゃんと格闘術教わらなきゃな」
「そうだね! あと基礎トレーニングも!」
ライナーが後ろから俺に抱きついてくる。
「ああ。けどその前に、一緒に試験勉強だぞ」
「ううっ。忘れてなかったか」
「当たり前だ」
「ねえねえラフィオ! 冷蔵庫の中にプリンあったよ!」
「本当かい!? ……いや待て。冷蔵庫?」
「うん。あそこ」
給湯室の表示をハンターが指差した。
「なんか面白いものないかなーって」
「勝手に取ると泥棒だぞ。返してきなさい」
「えー。でもこれ、いい奴っぽいよ。スーパーで買うやつじゃなくて、お土産とかのやつ」
ハンターが持ってきたプリンは、ガラス製の瓶に入っていた。たしかに高級そうではある。
「それにいっぱい入ってたよ? 一個ぐらい、いいと思うよ?」
「そ、そうか。それなら仕方ないな。うん、僕が持ち出したんじゃないぞ。お前が持ってきたんだからな」
強がるラフィオの尻尾がブンブン振れている。露骨に喜んでいる。
「ほら、乗れ。早く帰るぞ!」
俺を乗せるために姿勢を低くするラフィオ。足扱いされている怒りもいつの間にか収まったらしい。
「うん! 帰ろう帰ろう!」
「帰ったら夕飯まで勉強だぞ、遥」
「ううっ……」
「じゃあ、わたしは一旦会社に戻るわね」
「帰り、遅くなりそうか?」
「そうでもないわよ。すぐに帰るから。営業の戻りだったし」
「そうか」
「外回りの営業は楽でいいわよ。途中でいくらサボってもバレないし。こうやって戦いに駆けつけられる」
サボるのはどうかと思うけどな。でも、魔法少女の仕事に支障が出ないのはいい。
「散髪以外はなんでもできるっていうのが、営業の格言よ」
「なんだよ営業の格言って」
散髪はたしかに駄目だな。髪型が変わったら、さすがにサボりがバレる。
そのまま俺たちは、ラフィオにまたがって家まで戻る。マンションの扉の前に、車椅子と鞄はしっかり置いてあった。さすが樋口仕事が早い。
「じゃあ勉強だな。ちょうど鞄がここにあるし」
「ひどい……」
「とりあえず今会の試験の範囲で、何がわからないか教えろ。それが出来るための単元まで遡って教えるから」
どの教科も、それまで学習したことの積み重ね。
今授業をしている箇所だけ勉強しても、土台が不確かなら理解は追いつかない。
「ううっ。よろしくお願いします……」
そんな感じで遥の勉強に付き合いつつ愛奈の帰りを待っていると。
「問題が起きました」
「どうした急に」
愛奈は、さっき戦ったときの気楽さはどこに行ったのかというほど沈んだ表情で帰ってきた。
「帰り際、上司に呼び止められたの」
「ああ。ついに勤務態度の悪さが問題になったか」
「違いますー! とっくに問題になってるけど、最低限仕事はしてるから許されてるって状況だもん!」
「堂々と情けないことを言うな」
「情けなくないわよ! 仕事してる限りはクビにならないし! そんなことより後輩ができるの!」
「後輩?」
会社なんだから、毎年新入社員は入ってくる。愛奈は別に入社二年目とかじゃないから、後輩なんか既に何度か入ってきてるはず。
愛奈の所属している営業部も、割と大きな部署らしいし。部署単位でも後輩は既にいるはず。
なのに今更、新しい問題が発生したのは。
「今度営業部に、この春採用された新入社員が何人か配属されるの。その内ひとりが女の子なのよ」
「女同士面倒見てやれって?」
「そういうこと。ひどいと思わない? 女だから女と話が合うでしょって思われたのよ? 偏見じゃないかな!?」
偏見もあるかもしれないけど、男と組ませるよりは自然だと思う。
ああそうか。組ませる、か。
「外回りの営業に連れて行かせて仕事を覚えるってことか?」
「うん。将来的にはその子もひとりで外回りすることになると思うけど、慣れるまではわたしと一緒に仕事を。そう、仕事を」
「サボれなくなる」
「ぬあああああ! そうなのよ! どうしよう! その子がもし、馬鹿真面目で遊び心のない委員長タイプのつまらない人間だったらどうしよう! 仕事するしか能がない上に少しでも不正があったら上に告げ口するような四角四面で融通が利かない人げむぐっ!?」
会ったこともない人間をものすごい勢いで悪く言う愛奈の口を塞いだ。