見た感じエレベーターは止まっていた。このビルの上階には、まだ人がいるはず。けどエレベーターで逃げる途中で攻撃されて閉じ込められるのは避けたのか。
火事とか地震の時も避難は階段が基本だもんな。
「そっかー。階段登るしかないわねー」
フィアイーターが上にいるなら、ライナーも同じだろう。早く行って援護しないと。
俺もセイバーと同じ考えだ。さっさと行こう。
ところがハンターはちょっと違って。
「さあラフィオ! 外に出て跳んで!」
「いやいやいや」
「四階の窓から直接入ったほうが早いよ!」
「その高さまで跳ぶのは無理だ!」
なぜかラフィオにまたがったハンターが楽しそうに指示をしていた。
「大丈夫! 足りない分はなんとかするから」
「ああもう! わかった!」
ハンターが言い出したら聞かないことを、ラフィオが一番理解していた。
一旦ビルの外に出て、その場で上に跳躍。
ラフィオは前方向への跳躍力は高いけど、上方向と同じとはいかないらしい。
それでも助走をつければ屋根から屋根に跳び移れるのだから、垂直跳びで三階の半分くらいの高さまではいけた。常人ではありえない身体能力だ。
足りない分はハンターが補う。ビルの外壁の僅かな出っ張りに指を引っ掛けて、登る。すぐに四階の窓枠まで到達すると、片手でぶら下がりながら背中の弓に手を伸ばす。
本来の使い方ではないけど、材質不明の光る弓は打撃武器としても有効だったらしい。窓が簡単に割れた。
一連の動きをハンターは当たり前のようにやっている。普段からやり慣れてるみたいな動きだ。
本当に慣れてるのかもしれない。電信柱の上にいる鳥を捕まえるために、似た動きで登っていると言われても俺は驚かない。
彼女の動きに合わせてスカートが翻るのを下から見てる形だから、気まずくなって目を逸した。
「俺たちも行くぞ」
「いやいや。わたしにはあんな動きできません!」
「だから階段で上がるんだ」
「えー。やだー!」
「やるんだよ!」
「ラフィオ乗せて!」
「……いいよ」
さっさと上がらないといけない。フィアイーターと戦闘員同時に戦わなきゃいけないなら、こっちも頭数は多くないと。
それを理解しているラフィオは俺たちを乗せてビル内に舞い戻って、階段を勢いよく駆け上がっていった。
自分が足として都合よく使われていることに思うことがあるんだろうな。けど言わない、いい奴だ。
「あはは! やっぱラフィオに乗るのが一番楽よね!」
「そうだな次からは自分で走れよ!」
セイバーが呑気なのがラフィオの怒りを増幅させてる。お気楽なセイバーは気づかないだろうけど。
――――
ライナーはフィアイーターを追いかけて階段を駆け上っていた。
元々は三角コーン。地面に鎮座して動かない物の癖に動きが俊敏だ。
一階にいた人があらかた逃げ終わったと見るや、迷いなく上階へと行くのだから性質が悪い。恐怖を集める効率を求めるなら正しいんだろうけど。
もちろん、俊足を誇るライナーだから、なにもなければ追いつけるんだけど。
「フィー!」
戦闘員が邪魔をしてくるからフィアイーター本体との距離は開くばかり。
この戦闘員、自分が死ぬことすら厭わずに襲ってくる。全ては総量としての恐怖が多くなるためか。
自分の渇きを満たすために恐怖を集めるフィアイーターとは、また別の行動原理。恐怖を得るためなら死ぬことも構わないなんて、狂っている。
四階と三階の間の踊り場で、ライナーは走っていた勢いのまま戦闘員の首を掴んで壁に叩きつけた。こいつはその衝撃だけで死んで、消滅していく。けど。
「フィー!」
「ああもう! しつこいな!」
階下から戦闘員の声。しかもこっちに近づいている。今殺したのと同じやり方で倒したやつだけど、そういえば消滅を確かめてなかった。急いでいたから。
振り返りながら回し蹴り。首に当たったら嬉しかったけど、残念ながら当たったのは肩のあたり。戦闘員はそのまま階段の手すりに横ざまに激突。
まだ生きていて起き上がろうとしたそいつの頭部を、光る足で踏みつけた。今度こそ絶命。
休んでいる暇はなかった。直後に、頭上で悲鳴が聞こえた。ライナーが追ってこないと見たフィアイーターが、階段を駆け上るのをやめて暴れ始めたらしい。
「ああもう! 面倒なんだから!」
心からの叫びと共に、ライナーは残る階段を駆け上がった。
途中、避難のために階段を駆け下りていく大勢のスーツ姿の男女とすれ違った。
「あの! 逃げるときは電気消さないでください!」
部屋が薄暗くなっているのに気づいて、手遅れかもしれないけどライナーは呼びかけた。
左足が敵のコアを砕くには光が必要。単純に蹴りの威力を高めてくれるし。
電気の光でも足に貯められるけど、窓から差す太陽光だけだと少し心もとない。
なのにこいつら、節電のためとかでギリギリまで照明をつけない方針で会社を経営しているらしかった。
ライナーの呼びかけで、若い男性社員が消えていた電気をつけてくれた。若い女性社員が頑張ってくださいと声をかけてくれた。
年配の男女は何もせずに逃げるばかりだった。
「おっさんおばさんに世界は任せてられない!」
「フィッ!?」
進路を遮る戦闘員の股間を、怒りと勢いに乗せて蹴り上げた。
「フィィィッ!?!?」
戦闘員の体からこんな声を出せるんだなってくらい壮絶な悲鳴が上がったけど、まだ死んではいない。
そいつの首を掴んで近くの机に叩きつけた。オフィスらしくペンが机の上に乗っていたから、それを掴んで戦闘員の後頭部に指す。今度こそ敵は死んだ。