警備員はこの会場にもいて、さっきの市長の言いつけ通りに駆けつけてはいる。けど人智を超える怪物が人間の腕をいとも簡単に破壊したのを見て、接近を躊躇っているようだった。
彼らも戦いの専門家ではない。こんな怪物を相手に命の危険を冒すほどの給料は貰っていない。
俺は無償でやってるんだけどな。
警備員たちが舞台の端の方で横になっている雑賀の服を引っ張って、なんとか逃がそうとしている。
そんな雑賀に、フィアイーターは渾身の蹴りを放とうとした。
俺がパイプ椅子を掴んで戻ったら、こいつを止める暇はない。素手で怪物に立ち向かうべきか?
それかラフィオと合流して、策を練る。いや、ラフィオの方フィアイーターが片手で花を何度か投げて牽制されているから、そっちに合流する意味はない。
俺が判断に一瞬だけ迷った間に動く者がいた。
パイプ椅子を手に相手の隙を伺っていたらしい市長が、俺の横を通ってフィアイーターに接近。花瓶でできた体に思いっきり椅子を叩きつけた。
フィアイーターの体はその程度では壊れない。けど、奴の体がぐらりと揺れて、踏ん張るために蹴りを中断した。その間に警備員が雑賀の体を掴んで舞台から引きずり下ろした。
フィアイーターはそれを追いかけるのではなく、邪魔をした市長に狙いをつける。
ラフィオに向けていた茎の先端を、市長に向かって振った。
「おい! 危ないぞ逃げろ!」
俺はそう言いながら市長の服を掴んで引っ張る。直後、俺たちに花が飛んできた。
やはり、狙いは正確ではなかったけれど。本当なら俺か市長の顔面真ん中を狙うはずだったそれは、直前の邪魔によって外れた。俺の顔のすぐ横を通り抜けた。
「ようやく! お前に噛みつける!」
「フィアアァ!?」
ラフィオがフィアイーターに体当たりをしながら、片手に噛みつき歯を食い込ませていた。
フィアイーターはといえば、なんとか振りほどこうと体を揺らしながら、自由な方の手で頭の花を掴んでラフィオに向かって投げようとしている。
狙いはめちゃくちゃだけど。たぶん、利き手ではないのだろう。さっきから奴は片手でしか花を投げていなかった。
一本だけ放った矢は客席の方に飛んでいく。ラフィオはなおも敵の利き腕を噛みながら、二本の前足で体を殴り続けていた。
「おい市長さん、逃げるぞ」
「あ、ああ……」
ラフィオが頑張っている間に、この人を避難させないと。市長の腕を掴んで舞台から降りようとする。
慌てていたからか、降りるための階段を踏み外してしまい、俺は市長と揃って段差から落ちてしまった。
「いたた……」
「おい、君。大丈夫か」
「ああ。大丈夫……」
体のどこも強くは打ってない。痛みはあるけど大したものじゃない。舞台の段差に体を預けるように座りながら、状況を把握する。
市長も同じようだ。タオルが解けて広がった視野には、俺を気遣う余裕がある市長の姿があった。
……え?
気がついた。さっき顔の横スレスレを花が通過した時、タオルに傷がつくか緩むかしたのだろう。そして、今の落下の衝撃で外れてしまった。
「君は本当に高校生だったんだな」
市長が愕然とした表情を俺に向けていた。
まずい。顔を見られた。
「いや、これは、その」
「ひとつだけ教えてくれ」
「え?」
慌てて顔を両手で隠した俺に、真剣そうな口調での問いが投げかけられた。
「君はこの街の人間なのか?」
「それは、つまり」
「模布市の人間なのか? わたしが守るべき、市民のひとりなのか?」
「……そうだよ。魔法少女もみんな、ここの市民だ。あんたに投票したかは知らないけど」
「そうか」
「市長! お逃げください!」
声がした。警備員と、スーツ姿の男が何人か駆け寄ってくる。市長さんの秘書とかかな。
彼らの姿はすぐに、俺の前に市長が立ち上がって視界を遮ったために見えなくなった。
「ああ。大丈夫だ。すぐに後を追う。外の市民たちの安全確保を優先してくれ」
「はい! ……後ろの男は?」
「近づくな。顔を見ることは許さん。覆面を直す時間を与えてやれ」
「しかし、市長は」
慌ててタオルを巻き直す俺の耳に、市長の言葉が入ってくる。
「そうだ。魔法少女たちの身元は明らかにする。だが、それをいたずらに世間に公表する気はない。彼や彼女たちも市民だ。街を守るために尽力するのが彼女たちなら、それを守るのが私の役目だ」
「……感謝します、市長」
再び覆面男となった俺は、立ち上がって後ろから感謝の言葉をかけた。
そして感謝するなら言葉だけじゃなく、戦って彼の恩に報いないといけない。
ラフィオとフィアイーターの格闘はまだ続いていた。利き手を塞がれているフィアイーターだけど、片手でラフィオに向けて花を投げようとしている。
狙いが外れてあちこちに飛んでいって危ない。ラフィオに偶然当たることもあるだろうし、投げるんじゃなくて刺す動作に切り替えればなお当たりやすい。
助けに行かないと。
ところが、そこに待ちわびていた声が聞こえてきた。
「はいはい。通してくださーい。魔法少女シャイニーセイバーが通ります! 一番年長者でとっても頼れる! わたしが通ります道を開けてくださーい!」
姉ちゃんの声が聞こえた。既に変身しているらしい。まだ出口付近で固まっている人たちから歓声が上がって、道を開けるのがわかった。
それはいいんだけど、なんか呼びかけが庶民的というか。あと、なにか意思を感じさせて必死感があるというか。