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3-39.怪物を前にした政治家たち

 観客たちは我先にと逃げ出し、ホールの後方にある出入り口に殺到していく。

 元々の人数の多さと恐慌状態によって詰まっている状態。避難が順調とは言えない。


 巨大化したラフィオは俺を乗せて、壇上まで駆けた。並んだ座席の背もたれを足場にして器用に跳躍しているけど、人か多すぎて速度は出ない。


 そしてフィアイーターがいる壇上はといえば。


「皆さん落ち着いて避難してください! 警備員! 魔法少女が来るまで市民を守るぞ!」


 市長がホール全体に響くような声を張り上げていた。


 ちなみに司会や他の議員は、フィアイーターの姿を見た瞬間に逃げ出そうとしていた。特に、自分たちの後ろに突然怪物が出てきた状況の雑賀議員一派は、転がるように舞台から降りようとした。

 舞台の袖ではなく、客席の方に。フィアイーターのいる位置を考えれば、当然の判断かもしれない。


 とにかく、わずかながらその場に踏みとどまって呼びかけをしたのは大貫市長だけだった。


「フィアアアァァ!」


 フィアイーターは、逃げようとする議員たちに一歩近づき頭に生えている花を一輪取り出した。

 生けてあるそれは、一本の茎に葉と花がついている状態。根はついていない。

 そして茎の、花が咲いていない側は鋭く尖っていた。それを議員たちに向けてダーツように投げる。


 人を殺せる死のダーツだ。


 雑賀の前を走っていた男の議員の背中に刺さる。彼は体を痙攣させながら倒れて、動かなくなった。貫通しているらしく、胸から茎の先端が出ている。

 それに雑賀がぶつかって、彼女も転倒してしまう。


「ちょっと! 邪魔よ!」


 こんな時じゃないと言わなさそうな悪態をつきながら起き上がろうとしながら、背後を振り返った。

 フィアイーターが、次は自分を狙っているのが見えたらしい。だったらなおさら動かないといけないのに、この女は恐怖で動きを止めてしまった。


 フィアイーターはそんな雑賀に次の花を投げようとして。


「フィアッ!?」


 横から邪魔が入った。パイプ椅子が投げられて、フィアイーターが放った花の軌道が逸れた。床に刺さった花をちらりと見てから、フィアイーターはその原因に目を向けた。

 市長が投げたらしい。立ち上がっている彼の後ろに椅子がない。そしてすぐに、隣にあった椅子を掴んでいた。


 そのタイミングで、ラフィオが壇上まで到着。


「市長! あんたも逃げろ!」

「駄目だ! 私には市民を守る義務がある!」

「!」


 彼の目は本気だった。今この場で、逃げようとしている市民を守れるのは自分しかいないと確信していた。

 一方。


「あんた! わたしを守りなさい!」

「うおっ!?」


 雑賀が俺の手を掴んで強引にラフィオから引きずり落とした。俺も突然のことで対応できなかった。奴は俺を盾にするような姿勢を見せた。


「魔法少女も来るんでしょ!? それに任せて、わたしを安全な所まで連れていきなさい!」

「まだ来ねえよ! おい離せ!」

「嫌よ! わたしを守って!」


 必死なんだろう。俺の手をどうしても離そうとしなかった。なんとか振りほどこうとしても、奴はさらに腕を絡めてくる始末。

 そんなことをされたら動けない。安全な場所まで連れて行く? この状態でできるはずがないだろ。


「フィアアアァァ!!」


 フィアイーターは再度花を投げる。狙いは市長だ。それはラフィオが横から体当たりをしてくれたから、全く別の方向に飛んでいくことになった。

 けど敵は同時に、体当たりされた勢いを利用してこっちに踏み込んできた。そして片手で花を用意しつつ、もう片方の手を俺たちに向けて振る。


 俺は避けようとしたけど、雑賀は俺を盾にしようと前に押した。


 なにが市民のためだ。この女の本性について言いたいことはあるけど、今はそれどころじゃない。


 鞭のようにしなって俺に迫る腕を、俺はなんとか一歩下がって避けた。怪物の手が眼前を通り抜けて風を感じる。

 雑賀の悲鳴が聞こえた。俺より怪物から遠いのに情けない。そして一層強く俺を前に押す。これは逃げるのは無理そうだ。


 フィアイーターは再度前に踏み出した。片手の花はラフィオに向けて振り回していて牽制。飛びかかったら自分に茎が刺さるから、ラフィオも下手に動けないでいる。


 押されて後ろに引けないなら、前に出るしかない。

 雑賀の力に逆らわず、こちらに一歩踏み出すフィアイーターに合わせて俺も前進。同時にしゃがんで姿勢を低くした。

 フィアイーターはこちらに手を伸ばして掴みかかろうとしていた。その手は俺の頭上を通る。


 一応、雑賀も助けようとは思っていた。こいつのことは嫌いになったけど、生きててくれないと文句も言えないし。

 けど彼女は、俺の動きについてくることはできなかった。押していた勢いのまま躓くように前に出て、しゃがんだ俺の代わりにフィアイーターの前に姿を晒す。

 この状態に至ってようやく、まずいことになっていると悟ったらしい雑賀は俺から手を離して逃げようとしたけど、その腕をフィアイーターに掴まれた。


 頭上で、骨が砕ける鈍い音がした。


 怪物の強い握力に雑賀の腕は全く耐えられず、肘の少し先で潰れた。圧迫に肉と骨が耐えきれずに潰れて、血が吹き出た。


 雑巾を引き裂くような悲鳴が雑賀の口から漏れる。俺はといえば両者の間から這い出て、なんとか反撃ができないかと周りを見る。


 さっきまで雑賀たちが座っていたパイプ椅子とその前の机。やっぱり武器にするなら椅子の方だよな。

 そっちに駆け寄ろうとする間に、雑賀の運命は決まりかけていた。


 ちぎれはしなくても、中身が完全に潰れて皺だらけの皮膚で繋がっている状態の腕を押さえながら、地面に転がってのたうち回っていた。


 逃げればいいものを、誰か助けてと悲鳴混じりに叫ぶだけ。

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