樋口も同じ意見らしい。
「雑賀さんを見て。イライラしているように見えるでしょ?」
「それはなんとなくわかる」
改めて雑賀の方を見た。
「なので! 何度も言っている通り、彼女たちの人権問題を何より優先しなければいけません! なので行政は一切関わってはいけないの!」
確かに同じことの繰り返しだった。それしか言わないからな。市長側や司会がなにを言おうとだ。
「本来なら司会者は、雑賀さんが用意した人間になるはずだったらしいわ。けど中立性に問題があるからって変更になった。やり手の市長がそうさせたのよ」
「それで、討論会の方向性が自分の思った通りにならずに、怒っているって?」
「そのようね」
「なあ。ひとつ気になるんだけどさ」
雑賀の主張を聞いて、あることに気づいた。
「例の基金、魔法少女の支援にも使われるって書いてあったんだよ。接触できない魔法少女を支援するとして、その金はどう使われるんだ?」
「やりようはいくつか思いつくわ。けど、民間が自発的にできることでもある。政治がそれをやるっていうのは、利権の香りがするわねー」
「樋口の中では、あの女は信用ならないって方向で心は決まってるのか?」
「ええ、まあ。人を探るには方針を決めてから。それが公安のやり方よ。あまり公言するのは抵抗があるけど……あの女は怪しい」
あとはそれが事実だと確認するだけ、か。
実の所、俺も似たような感想だった。もちろん、こっちを探ろうとする大貫市長の方が、信頼できるとは言えなかったのだけど。
「樋口」
「ん?」
「あの女の調査、しっかりやってくれ」
「今更ね。結果はもうすぐ出てくるわ。数日待ちなさ……」
舞台を見つめていた樋口は、途中で言葉を途切れさせた。
「ねえ、あれ」
壇上の端を指差した樋口。その先には、キエラがいた。
喚いている雑賀の近くにある花瓶の前に立っていて、今まさにコアを埋め込んだところだった。
「フィアアァァアァアァァァ!!」
力強い声と共に、フィアイーターは目覚めた。花瓶の体に顔と手足がついているような姿。頭には相変わらず、色とりどりの美しい花が咲いていた。
その声で、壇上の人々も観客たちもそちらにようやく気づく。
目の前に怪物がいる。大勢の観客たちから恐怖に染まった悲鳴が聞こえた。
「樋口! 姉ちゃんたちに連絡してくれ! あと会場が暗いから来るまでに光の補充をしておくように言ってくれ! ラフィオ行くぞ!」
「わかった!」
鞄からタオルを出して頭に巻きながら言う。ラフィオもまた、ポケットから飛び出して巨大化した。
姉ちゃんたちと離れている時に限って、フィアイーターが出るなんて。到着までどれくらいかかる? それまで、俺たちで怪物の被害を抑えないと。
スマホを操作する樋口を横目に、ラフィオはステージまで駆けていく。
――――
「愛奈さんつむぎちゃん、フィアイーター出ました」
色々買った後スーパーを出たところで、遥のスマホに通知が来た。送り主は樋口さんで、さっき自分たちが入れなかった会場に怪物が出たという内容だった。
続けて、悠馬たちが戦っているから早く来てという文章が続く。
「ねえ! なんでわたしにじゃないのかな!? あ、こっちにも来た」
「わたしにも来ましたよ」
「そっかー。みんなに送ってるんだね。そうだよね……じゃなくて! なんでわたしが最初じゃないのかな!? 年長者でみんなを引率してるわたしに最初に送って、みんな行くわよって流れにするはずでしょ!」
「このお肉とか野菜とか、冷蔵庫に入れとかなきゃですね。あの家にはまだ冷蔵庫ないので、愛奈さんの家に行きましょうか。わたしの家よりちょっと近いですし」
「そうなの? 近いの?」
「微妙なところですけどね。わたしの家には家族もいますし、車椅子と一緒に置くなら、こっちの方がいいかなって」
「確かに! けどそれより! 樋口さんがわたしよりも遥ちゃんんっ!?」
愛奈を黙らせるために、遥は彼女の尻を叩く。座っていると大人のお尻が手の届く高さにあって叩きやすい。
どっちが優先だとか、まだそんなことを気にしてたのか。
どう考えても、樋口さんも愛奈より遥に先に連絡したほうがいいって認識してるからだ。
「ちょっ!? なにするのよ!?」
「そんなことよりフィアイーターです! 悠馬たちがピンチですよ! 助けないと!」
「悠馬が!? 仕方ないわね行くわよ!」
「そうですね……」
この、悠馬のためなら一瞬で切り替えが利く性格だけは嫉妬する。
とにかく急がないと。
「まずは冷蔵庫と車椅子の問題ね! そんなに時間はかからないわ行くわよ! つむぎちゃんついてきて!」
「はい! 急ぎましょう! ラフィオに早く会いたい!」
「ちょっ!? あまり押さないで車椅子そんなに速度出しちゃ駄目です!」
「あははー!」
「ラフィオー!」
笑いながら車椅子を押す愛奈と、それに全力でついていくつむぎ。それぞれ考えてることはあるんだろうな。
とにかく愛奈の家まで急いで向かって、冷蔵庫に冷やすべきものを詰め込んでいく。
「お姉さん! 野菜室に肉を入れないでください!」
「えー。いいじゃない。すぐに出すんだし。というかわたしの家の冷蔵庫だしわたしの自由じゃない!」
「使うのはラフィオじゃないですか! お姉さんはビール取り出すくらいしか用がないでしょ!」
「そ、それはそうだけど……ううんアイスとか入れとくし! 冷やさなきゃいけないおつまみとか入れとくし!」
「わたしの言う事、聞いてくれますね?」
「ひえぇ……遥ちゃんが怖い!」
「ねえ。早くラフィオのところ行こうよー」
そうだ緊急事態だった。愛奈たちが持っている食材を強引に奪い取って正確に冷蔵庫に詰めていく。
「よし行きましょう!」
「遥ちゃん動きが早い」
三人揃ってリビングまで行って、それぞれ宝石を手にして高らかに変身する。
「ライトアップ! シャイニーセイバー!」
「ダッシュ! シャイニーライナー!」
「デストロイ! シャイニーハンター!」
三人がそれぞれ、魔法少女へ姿を変えた。
「闇を切り裂く鋭き刃! 魔法少女シャイニーセイバー!」
「闇を蹴散らす疾き弾丸! 魔法少女シャイニーライナー!」
「闇を射抜く精緻なる狩人! 魔法少女シャイニーハンター!」
そして玄関まで駆け出し、現場まで駆けていく。