「遥ひとりで買い出しは難しいだろうし、姉ちゃんもついていってやれ」
「だよね! そうだよね! よし遥ちゃん! 行こう!」
「お姉さんのテンションの高さ、時々ついていけません」
「ねえねえ。ラフィオとわたしも買い物行くの?」
「僕は悠馬と一緒にいる」
ラフィオは逃げるように妖精へと変わり、俺のブレザーの中に隠れた。
「えー。嫌だ。わたしもラフィオと一緒がいい!」
「僕はバーベキューの買い出しにプリンを用意してくれる女の子が好きだな」
「ほんとっ!? そっか! プリン買ってくるね! 待ってねラフィオ! 愛奈さん遥さん行きましょう!」
「ちょっ! つむぎちゃん車椅子押しながら走らないで! ゆっくりゆっくり!」
ラフィオは、その場しのぎみたいな方法でつむぎを遠ざけることに成功した。
「いいのか。後で散々モフられることになるぞ」
魔法少女三人の背中を見送りながら、俺はラフィオに気になったことを尋ねる。
さっきの言動は、天敵のあしらいが上手くなったとかでは、断じてない。
「後のことは後で考える。その時になったら逃げればいい」
「そうか。……プリン用意したつむぎのこと、お前は好きと言わなきゃいけないぞ」
「どうしようかな」
「考えなしだったのかよ」
普段はもっと思慮深い奴だけど、つむぎが関わると別になるらしい。
とにかく、俺は抽選で当たったチケットを提示して堂々とホール内に入る。市職員らしい係員の誘導に従って、順番に席に座っていく。
会場の後ろの方でカメラをセッティングしている人が大勢。呼ばれたメディアの数も多いか。その中に澁谷の姿も見つけた。向こうもこっちに気づいて軽く手を振る。それから。
「こんな所で奇遇ね」
隣に、当然のように樋口が座ってきた。
「本当に奇遇なのか?」
「ええ、奇遇よ。いくら公安だって、抽選の結果を操作することはできないわ。まして、狙った人間の隣に座るなんてね」
「本当に?」
「ちょっと、裏技を使わせてもらったわ。方法は企業秘密ね」
「企業じゃないだろ公安は。言いたいことはわかるけど」
「細かいこと気にしないの。それより、雑賀優子について興味深い情報が手に入ったわ」
「聞こうか」
俺は壇上を見ながら言う。
舞台の上はまだ無人だった。天井近くに公開討論会と書かれた横幕が掲げられている。照明は暗めに設定してある。その方が雰囲気出るのかな。
長い机が両サイドにふたつ。白い布をかぶせてあって装飾がされているけど、その向こうにあるのは安っぽいパイプ椅子だ。両サイド三脚ずつ。それから中央に、司会者が立つであろう壇がある。
あと、端っこに花が生けてあった。細長い花瓶の中に色とりどりの知らない花。なんでこういう場って、花が置いてあるんだろうな。彩りってやつかな。きれいではあるし。
それより、雑賀についてだ。
「雑賀優子が発起人となって、魔法少女を支援する基金を設立したのは知っている?」
「知っている。被害者支援なんかにも金を使うらしいな。資金源は国や市の予算と寄付だったか?」
遥から見せられたサイトで、そのことは知っていた。
「ええ。予算をぶんどるところまでは、まだできてないわ。けど市民からの寄付は既に集め始めている」
「来てるのか?」
「それなりにね。で、雑賀さんはそれを真っ先に、自分の事務所の修理に使った」
「被害者支援の名目で?」
「本人が問い詰められれば、そう答えるでしょうね」
はぐらかすような言い方だ。
「修繕費用として懇意の業者に払った金額が、普通に見積もった時より妙に高いのよね。基金の金の動きを明確にした時、ちょっと工事が難航したとかで言い訳ができなくはない高さだけど」
「……知り合いの業者に高い金を払って、一部を現金として返してもらって着服した?」
「あるかもしれないわねー。それか、今後なにかの仕事をする時に便宜を図る約束をするとか。もうちょっと詳しく調べないといけないけど」
お金の動きを明らかにするのは大変ねと、樋口は少し笑った。
大変だけど、不可能じゃないと言いたげだった。
「怪しいのは確かよ。あの女、自分が言ってるほどいい人じゃなさそうね」
「引き続き調べたとして、その金の流れについて罪に問うことはできるか?」
「公安が直接は無理だけど、資料をまとめて流すことはできるわ。あなたにはマスコミの味方もいる。なんとでもなるでしょ」
「確かに」
「本気で彼女を罪に問うなら、もう少し基金について泳がせないとね。今日のところは今の話を念頭に、あの女の見極めをするだけにしなさい」
樋口がそう言った直後に、時間になったらしい。最初に司会が壇上にやってきて、それから両陣営が出てくる。
それぞれ真ん中に、大貫市長と雑賀が座っている。
雑賀は、先日会った時と同じ白いスーツ姿。トレードマークなのかな。そんなに特徴的ではないけど。
俺と握手した時は、市民の味方をする政治家らしかった。少なくとも、そう見えるよう努力してたんだと思う。今も同じだろう。大勢の市民の前だし。
けど同時に、市長という倒すべき権力と対峙する戦う者という表情を見せていた。つまり、少し険しい顔をしていた。
俺にとっては一介の市会議員も、十分に警戒すべき権力なんだけどな。
「まず最初に、魔法少女と呼ばれる集団のこれまでの動向から振り返っていきましょう」
司会の男がそう言って、俺の知っている経緯を振り返る。たぶん俺だけじゃなくて、観客の多くにとっても退屈な時間のはず。
魔法少女シャイニーフォースという組織が街に現れる怪物を倒しているとか。市民からの絶大な支持を得ているとか。
熱心なファンが、模布市に移住をする例が見られ始めて、市の人口が増加傾向にあるという、知らなかった話もあって少し興味深かったけど。
でも、さっさと喋ってくれないかな。市長と雑賀。