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2-34.住みよき一軒家

「相変わらずにぎやかね。悠馬、和室は見たかしら?」


 リビングの大きな窓を開けて、樋口が話しかけてきた。


「和室?」

「六畳ほどの、畳敷きの部屋よ。床が柔らかいから、格闘術を教えられるかも」

「狭くないか?」

「一対一なら、なんとかなるわ。勢い余って床の間に突っ込んでも壁に穴を開けても、誰にも怒られないし」

「この魔法陣に突っ込むのだけはやめてくれよ」


 和室とリビングは隣接している。つむぎに抱きつかれたまま床にチョークを走らせているラフィオが、うんざりした様子で横から言う。


「なるほどな。……教えてくれるんだな、格闘術」

「ええ。体作りをしっかりしてからね」

「じゃあ悠馬! それに向けて草むしりを頑張りましょう!」

「樋口。姉ちゃんにも格闘、教えてやってくれ」

「ええ。それが良さそうね」

「なんでっ!?」

「世界の平和を守る魔法少女だもの。性根を叩き直す必要があるかもしれないわ」

「直されたくないです! これがわたしの、元からの性根です!」


 それが根本的な問題なんだよ。



 結局、庭の一角の草をある程度引き抜き、石をいくつか見つけた。

 その中の一番大きなもの。手のひらサイズのゴツゴツした石を魔法陣の中心に置く。その他小さな石も、魔法陣の中に点在する円の中に置いていく。


「よし、少しずつ魔力が集まって言ってる。まだまだかかるけどね」

「本当か?」


 俺の目には、何か起こってるようには見えない。愛奈たちも同じ反応だった。


「なんかさ、この魔法陣が光って、魔力の流れが目に見えるとかイメージしてたんだけど。なんか地味ね」

「これは普通のチョークだよ? チョークが光るはず無いじゃないか」

「当たり前のことを言われてるのに、なんかムカつくわね」

「それに、魔力は人間の目には見えないものだよ。見えるなら、この街に流れる魔力に誰かが感づくはずだろう? 僕には見えるのだけどね」

「言い方がムカつく! つむぎちゃん! ラフィオのことモフっていいよ!」

「やったー!」

「おい! こら! なんでそうなる! うわー!?」


 つむぎがラフィオに飛びかかり、ラフィオもまたつむぎの腕を掴んで必死に抵抗をしている。


「ラフィオが大事なことしてるから、モフモフするのずっと我慢してたんだよ!」

「お前にそういう気遣いができたってのが驚きだよ! でもだったら、ずっと我慢しててくれ! というか! さっきもずっと抱きついて邪魔ばっかりしてただろ!」

「だってラフィオのこと好きだもん」

「好きだったら僕の気持ち、考えてほしいな!」


 つむぎにマウントを取られる体勢ながら、なんとかその腕を掴んで抵抗するラフィオ。壮絶なくすぐり合いが始まった。

 器用に、描いた魔法陣に被害が出ないようにしながらやってる。あれはあれで、息が合ってるのかな。


「楽しそうね」

「そうだな」

「ねえ悠馬。草むしりしなきゃいけないのは別としてさ、この家なんかいいって思わない?」

「あー。わかる。一軒家っていいよな」


 愛奈の言いたい事はなんとなくわかる。生まれてこのかた、マンション住まいだったから。


 家族向けマンションに姉と二人暮らしだったから、あの家も狭いと感じたことはない。けど、一軒家の広さもなんかいいなって思える。

 他にも人がいる賑やかさも、あるのかもな。


「じゃあさ、ここに色々運び込んで、住めるようにしようよ。いつもはそれぞれの家にいるとしても、週末とかはここで過ごすとか」


 遥が、俺たちを見てそんな提案をした。


「電気も水道も通ってるんだよね? だったらご飯とか作れるし。とりあえず週末、討論会ってやつが終わったらみんなでバーベキューしようよ」

「乗った! 遥ちゃんもいいこと言うじゃん。悠馬に近づこうとする所以外は好きよ、あなたのこと」

「あはは。わたしも、悠馬のお姉さんじゃなかったら、もっと仲良くしたいですね!」


 笑い合う愛奈と遥。このふたりも、めちゃくちゃ仲がいい。通じ合うところがあるんだろうな。

 ところで今の提案を考えるに、日曜日までに草むしりすることになるんだよな。主に俺が。


 いいけど。やるけどな。鍛えるためだもんな。



 放っておけば延々とくすぐり合いを続けそうなラフィオとつむぎを立たせて、俺たちは帰路につく。

 つむぎは少年の姿のラフィオと手を繋ぐことで妥協したらしい。少なくとも、今日のところはだけど。

 それでいいのかな。モフモフとはかなりの差があるけれど。


「そういえばさ、ラフィオ。あなたって魔力が見えるのよね?」

「? そうだけど?」

「じゃあ、幽霊とかも見えるの?」


 愛奈は、あの家が事故物件なのをまだ気にしているらしい。


「幽霊がどんなものかわからないけど、あの家におかしなものはなかった」

「そっかー。よかった」

「いや、幽霊が魔法と似たものとは限らないけどね。全然関係ないものなら、いたとしても僕には見えない」

「な、なるほど。……あれ? つまり、どっちにしてもラフィオには見えないなら、わたしも見えないものじゃない?」

「まあ、そうなるな」

「よ、よし! それなら大丈夫! きっと問題ない、はず! 見えないものを怖がる道理はありません! ない! 絶対にないから! もう幽霊なんか怖くない! こ、怖くないわ! 絶対に怖くないから!」


 声が震えている。自分に必死に言い聞かせているようだった。

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