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2-32.心理的瑕疵物件

「無理してたんだよ。わたしたちの前で無理して明るく振る舞って、誰もいないところで泣いていた。偶然その姿を見たことがある。わたしは、どう声をかけていいのかわからなかった。そうじゃなくても、元気そうなのを装っているのはみんな感づいていた」

「そんなことがあったんですか」


 一緒に努力していた部員だから気づけたこと。単なるクラスメイトで、普段からあまり話す間柄じゃなかった俺に、わかるはずがないこと。


「走れなくなった後も、マネージャーとして部に残らないかと部員みんなで話していたんだけど、あの時の遥には無理だと誰もが結論づけた。なのに、あんなに変わるとはね。やっぱり恋の力ってやつかな?」

「からかわないでください」

「本気だよ。君は、わたしたちにできないことをしてくれた。感謝しているんだ」


 そう言われても、俺は何もしていない。毎朝車椅子を押して、他愛もない話しをしただけだ。

 他の誰にもできること。


「遥は元からああいう子だし、可愛いからみんなからモテた。そんな遥と付き合えること、感謝しなさい。それから……遥のこと、よろしくね。今だって遥はわたしたちの仲間だけど、彼女の笑顔は君に託した」

「はい」


 なんだか、おかしな頼みを引き受けてしまったようだ。けれど遥を不幸にはできないってのは、俺もよく理解している。


 部長さんは、遥が魔法少女で戦いの真っ只中にいることは、もちろん知らない。けど戦いの中で、遥を不幸にしないことは俺にとっての重要な役目だと思ってる。

 それはきっと、遥の笑顔を守ることと同じ意味なのだろう。


「わかってます。遥を悲しませるようなことは、しません」

「いい返事だ。……君が突然鍛えたがる意味はわからない。けど、遥のためなのはなんとなくわかる。いいよ、部活の邪魔にならないなら、一緒にトレーニングしよう」


 部長さんは、俺の事情を知らないはず。なのにいい笑顔で、俺たちの手助けをすると言ってくれた。


「なんなら悠馬くんも、いっそ陸上部に入ってみないかい? いい体してるし、適正あるよ」

「いえ、そこまでは」


 それは陸上部伝統の誘い文句なのか?




 数日後、樋口が用意してくれた家をみんなで見に行った。


 学校帰りで制服姿の俺と遥。それから少年の姿のラフィオ。そのラフィオと一緒にいたいと言うつむぎ。それから、会社帰りの愛奈も駆けつけてきた。


 俺の家から歩いて十五分ほど。大きな通りからは少し離れた、住宅街の奥の方にある目立たない家まで樋口は案内してくれた。

 この前トレーニングした河原とも近い位置にある。


 古いと言ってもボロボロの木造建築とかじゃない。鉄筋コンクリートで作られた二階建ての普通の家だ。小さいながら庭もある。敷地を囲むように立ててある塀は、俺の身長くらいあった。中を覗かれる心配もないだろう。

 ちょっとこじんまりしてるけど、別に怪しいところはない。立派な家だ。


「わたしの名義で買い取ったわ。だから好きに使ってちょうだい」

「国のお金で家を買ったのか?」

「わたしが普段から使うわけじゃないから。というか、わたしの家ってわけじゃないし」


 警視庁、つまり東京の公安だった樋口は、こっちで活動するに当たって住処を用意したことだろう。ここじゃない、単身者にふさわしいアパートなんかを。


「契約する時に、心理的瑕疵がある物件ですって念押しされたわ」

「かし?」


 愛奈が、聞き慣れない言葉に首をかしげた。


「前にも説明した通り、住民が一家心中を図った場所なの。つまり事故物件よ。気持ち悪いって思うかもしれないけど、我慢してねって契約」

「いやいやいや! なにそれ! もしかして幽霊出たりとか!?」


 そういえば愛奈は、ここが事故物件だと知らなかった。主に酒のせいで。


「幽霊なんて非科学的なもの、いるはずないでしょ?」

「魔法少女なんて非科学的なものがいる以上、幽霊だっているもん!」

「姉ちゃん。抱きつくな。てか、めちゃくちゃ震えてるな」

「だって!」


 身を縮こまらせて俺に抱きつきガタガタ震えていた。


「愛奈は幽霊とかお化け、苦手なのかい?」

「おう。昔から、怖い話は嫌ってるな。ホラー映画とか絶対に観ない。夏に時々ある、心霊系のテレビとかも絶対に見ようとしない」

「な、ななな、なにを言ってるのかな悠馬は!? 別に怖くないです! 怖くないもん! ゆ、幽霊とか非科学的なもの、い、いるわけないもん! 怖くないもん!」

「見栄を張りたいあまり、さっきと言ってることが真逆だぞ」


 いるのかいないのか、はっきりしろ。


「だって! だってー!」

「ほら、行きますよお姉さん」

「あああああ! 待って! 遥ちゃん押さないで! ゆ、悠馬、大丈夫よ。お化けが出てもお姉ちゃん変身してやっつけるから!」

「俺は怖がってないからな」


 幽霊は非科学的じゃなかったのかよ。

 こんな時でも姉の威厳を保とうとする姿勢は立派だけど。


 愛奈に抱きつかれたまま、俺たちは家に入る。

 電気は既に通っているのか、薄暗いとかの雰囲気もない。心中事件があったとのことだけど、既に掃除はされていて痕跡は一見して見当たらない。


「バリアフリーには対応してないっぽいね」


 玄関の段差を見ながら、遥は車椅子から松葉杖に切り替えていた。

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