「無理してたんだよ。わたしたちの前で無理して明るく振る舞って、誰もいないところで泣いていた。偶然その姿を見たことがある。わたしは、どう声をかけていいのかわからなかった。そうじゃなくても、元気そうなのを装っているのはみんな感づいていた」
「そんなことがあったんですか」
一緒に努力していた部員だから気づけたこと。単なるクラスメイトで、普段からあまり話す間柄じゃなかった俺に、わかるはずがないこと。
「走れなくなった後も、マネージャーとして部に残らないかと部員みんなで話していたんだけど、あの時の遥には無理だと誰もが結論づけた。なのに、あんなに変わるとはね。やっぱり恋の力ってやつかな?」
「からかわないでください」
「本気だよ。君は、わたしたちにできないことをしてくれた。感謝しているんだ」
そう言われても、俺は何もしていない。毎朝車椅子を押して、他愛もない話しをしただけだ。
他の誰にもできること。
「遥は元からああいう子だし、可愛いからみんなからモテた。そんな遥と付き合えること、感謝しなさい。それから……遥のこと、よろしくね。今だって遥はわたしたちの仲間だけど、彼女の笑顔は君に託した」
「はい」
なんだか、おかしな頼みを引き受けてしまったようだ。けれど遥を不幸にはできないってのは、俺もよく理解している。
部長さんは、遥が魔法少女で戦いの真っ只中にいることは、もちろん知らない。けど戦いの中で、遥を不幸にしないことは俺にとっての重要な役目だと思ってる。
それはきっと、遥の笑顔を守ることと同じ意味なのだろう。
「わかってます。遥を悲しませるようなことは、しません」
「いい返事だ。……君が突然鍛えたがる意味はわからない。けど、遥のためなのはなんとなくわかる。いいよ、部活の邪魔にならないなら、一緒にトレーニングしよう」
部長さんは、俺の事情を知らないはず。なのにいい笑顔で、俺たちの手助けをすると言ってくれた。
「なんなら悠馬くんも、いっそ陸上部に入ってみないかい? いい体してるし、適正あるよ」
「いえ、そこまでは」
それは陸上部伝統の誘い文句なのか?
数日後、樋口が用意してくれた家をみんなで見に行った。
学校帰りで制服姿の俺と遥。それから少年の姿のラフィオ。そのラフィオと一緒にいたいと言うつむぎ。それから、会社帰りの愛奈も駆けつけてきた。
俺の家から歩いて十五分ほど。大きな通りからは少し離れた、住宅街の奥の方にある目立たない家まで樋口は案内してくれた。
この前トレーニングした河原とも近い位置にある。
古いと言ってもボロボロの木造建築とかじゃない。鉄筋コンクリートで作られた二階建ての普通の家だ。小さいながら庭もある。敷地を囲むように立ててある塀は、俺の身長くらいあった。中を覗かれる心配もないだろう。
ちょっとこじんまりしてるけど、別に怪しいところはない。立派な家だ。
「わたしの名義で買い取ったわ。だから好きに使ってちょうだい」
「国のお金で家を買ったのか?」
「わたしが普段から使うわけじゃないから。というか、わたしの家ってわけじゃないし」
警視庁、つまり東京の公安だった樋口は、こっちで活動するに当たって住処を用意したことだろう。ここじゃない、単身者にふさわしいアパートなんかを。
「契約する時に、心理的瑕疵がある物件ですって念押しされたわ」
「かし?」
愛奈が、聞き慣れない言葉に首をかしげた。
「前にも説明した通り、住民が一家心中を図った場所なの。つまり事故物件よ。気持ち悪いって思うかもしれないけど、我慢してねって契約」
「いやいやいや! なにそれ! もしかして幽霊出たりとか!?」
そういえば愛奈は、ここが事故物件だと知らなかった。主に酒のせいで。
「幽霊なんて非科学的なもの、いるはずないでしょ?」
「魔法少女なんて非科学的なものがいる以上、幽霊だっているもん!」
「姉ちゃん。抱きつくな。てか、めちゃくちゃ震えてるな」
「だって!」
身を縮こまらせて俺に抱きつきガタガタ震えていた。
「愛奈は幽霊とかお化け、苦手なのかい?」
「おう。昔から、怖い話は嫌ってるな。ホラー映画とか絶対に観ない。夏に時々ある、心霊系のテレビとかも絶対に見ようとしない」
「な、ななな、なにを言ってるのかな悠馬は!? 別に怖くないです! 怖くないもん! ゆ、幽霊とか非科学的なもの、い、いるわけないもん! 怖くないもん!」
「見栄を張りたいあまり、さっきと言ってることが真逆だぞ」
いるのかいないのか、はっきりしろ。
「だって! だってー!」
「ほら、行きますよお姉さん」
「あああああ! 待って! 遥ちゃん押さないで! ゆ、悠馬、大丈夫よ。お化けが出てもお姉ちゃん変身してやっつけるから!」
「俺は怖がってないからな」
幽霊は非科学的じゃなかったのかよ。
こんな時でも姉の威厳を保とうとする姿勢は立派だけど。
愛奈に抱きつかれたまま、俺たちは家に入る。
電気は既に通っているのか、薄暗いとかの雰囲気もない。心中事件があったとのことだけど、既に掃除はされていて痕跡は一見して見当たらない。
「バリアフリーには対応してないっぽいね」
玄関の段差を見ながら、遥は車椅子から松葉杖に切り替えていた。