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2-31.陸上部員たち

 なるほど。市長が自分で、反対派の意見を受け止めて跳ね除けないといけないわけか。ここでうまくいけば、市民の評価も得られるし。


「見に行ったら? それぞれの人となりがわかるかも。市民による質疑応答の時間も設けられるそうだし、普通の高校生として意見を言うのもありよ」

「面白いな。制服来て行ってやる」

「へえ?」

「覆面男と同じ高校に行ってると思われてます。それだけでも迷惑なのに、政治家に高校が探られるのは嫌です……なんて言えば、困るだろ」

「面白い発想ね」

「ねーねー。ふたりはなんの話をしてるのかにゃー? というか樋口さん、うちの弟を誘惑するの、駄目だからねー!」

「遥。姉ちゃんの口をふざけ」

「むぐぐっ!?」


 酔いすぎて話を全く把握できてない愛奈は、とりあえず黙らせよう。これ以上酔われても困るし。


「むぐぐー! むぐー!」

「お姉さん、悠馬に迷惑かけちゃ駄目ですよ!」

「むぐー!」


 熾烈な戦いが繰り広げられていた。見ていて飽きない。




 その次の週は、公開討論会に向けて気合いを入れながら、体を鍛えることに費やすこととなった。

 樋口にも仕事があるから、俺のトレーナーは遥が務めることに。


「いいよ。ランニングもう一周しよっか!」

「おう!」


 放課後、ジャージに着替えてグランドをランニング。


 対外的には、俺がトレーニングに目覚めたとか、遥のアスリートスピリッツをこういう形で発散することになったとか、そんな言い訳をしておく。

 樋口が言うには、とにかくしばらくは基礎体力を鍛え続けろととのこと。テクニックを教わるのは、その後でいい。


 グランドを走る俺を、お揃いの黄色いユニフォームを着た男子生徒が追い抜いていく。陸上部の男子たちだ。


「もっと腕上げて走れ!」

「前よりフォーム良くなってるぞ」

「頑張れ頑張れ! お前ならできる! 一緒に栄光を掴もう!」

「深く呼吸すること、意識しろよ」

「優勝旗を掲げる自分をイメージするんだ!」

「君、いい体してるね。陸上部に入らないかい?」


 なんて、追い抜きながら口々に声をかけてくる。


 なかなか気のいい連中らしい。親しいクラスメイトも混ざってるわけで、いきなりグラウンドで走ってる俺にも嫌な顔はしていない。

 半分くらいは無意味な冗談だけど、時々有効なアドバイスも混ざってるからありがたい。


 返事をしながら走る余裕は俺にはなく、手を上げて応じるくらいしかできない。 

 その代わりに。


「こらー! 悠馬のコーチはわたしなの! 勝手にアドバイスしないでくれるかな!?」


 遥が車椅子の上から声を上げている。陸上部たちは笑いながらランニングのペースを上げて逃げていった。

 俺には追いつけない速さだ。


 驚くべきは、彼らにとってランニングは準備運動に過ぎないということ。そこからさらに、それぞれに合った練習を始めるらしい。

 短距離走を何度か繰り返してタイムがどうだとか笑いながら話している陸上部員たち。こいつら、マジで同じ人間なのかよ。


 同じクラスにこんな奴がいたなんて。かすかな驚きと共に、俺はグラウンドの端に座って、遥から渡されたはちみつレモンソーダ入りのコップを傾ける。

 日曜日に飲んだのと同じ味。なるほど、陸上部伝統の作り方か。


 その遥はといえば、陸上部の友達と楽しそうに話していた。


「あんなに笑顔を見せる神箸は、久しぶりに見たよ」


 ふと、俺に声をかける者がいた。見上げると、陸上部のユニフォームに身を包んだ女子生徒が俺に歩み寄ってきていた。


 セパレートタイプで、体のラインがでやすい女子のユニフォームって、なんでこうエロく見えるんだろうな。

 しかも彼女は、なかなか大きな胸をお持ちだった。それがユニフォームをパツパツに押し広げているものだから、俺は目を逸しかけた。失礼だから、やらなかったけど。


 姉ちゃんがいたら、ものすごく嫉妬の目を向けることだろう。


「君が、双里悠馬くんだね。隣、いいかい?」


 ハスキーな声で話しかけてきた彼女に頷いた。


「初めまして。わたしは早坂文香。陸上部の部長を務めている」

「初めまして、早坂先輩。双里悠馬です」


 部長ということは、三年生だな。俺はちゃんと上級生向けの口調で挨拶を返した。

 向こうが俺を知ってる以上は名乗る必要はなかったけど、無言もまずいから言っておく。


 体育会系ということで、そういうの厳しそうだし。愛奈のせいで年上の女にも遠慮なく接するのは慣れてるけど、俺もちゃんとした態度はできるんだ。


「遥の彼氏っていうのは本当かい?」

「もう、公然とそうなってるんですね」

「え?」

「いえ。なんでもないです。そうですよ」


 否定しても、後が面倒になる。遥が積極的に広めた結果、あいつの周りでは既成事実としてそうなってしまったらしい。


 俺の返答を聞いて、部長さんはクスクスと笑った。


「そうか。あの遥が彼氏をね。でも安心した。遥のあんな笑顔、久しぶりに見たよ」

「そうなんですか?」

「ああ。そうとも。半年前、事故で片足を失った時の遥は、見ていて痛々しかった」


 陸上に青春を懸けようと努力していた矢先の出来事だし、取り乱すのはわかる。

 けど俺が知ってる遥は、毎朝バスで一緒になる、快活な女の子。

 事故の前から一緒のバスだったけど、その時の印象は特に残ってない。単なるクラスメイトだった。


 車椅子になってから、他に手助けする人間もいないし俺が毎朝の乗り降りの手伝いを自然とするようになった。その時から遥は、ちょっと馬鹿だけど明るい子だったはず。

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