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2-30.行方不明のティアラ

「ええ。ひどいわね。行方不明だから警察権限で、母親とも話が聞けたし家の中も見れたそうよ。わたしが直接できたわけじゃないけど、話は伝わってくる」


 樋口は、話しにくそうな口調だった。俺が無言で先を促すと、渋々といった様子で口を開く。


「養ってくれる男でもできたんだろう。母親はそう言ったらしいわ。家の中には、ティアラの私物と見なせるものはほとんどなかった。愛されてなかったのよ、彼女」

「そうか」


 さっき樋口は、行方不明のティアラについて学校から相談があったと言っていた。家族から通報ではなくて。


 本来なら、母親が警察に捜索届けを出さないといけない。けど、母はそれをしなかった。

 生徒が登校して来ないことを不審に思った学校が、無視はできないから仕方なく動いたということか。


 家族の立場じゃないから、届け出を出すのも少し事情が異なる。だから相談なんて回りくどいやり方をすることになった。

 俺の依頼経由で公安が関わらなければ、警察も真面目に捜査することもなかったかも。


 ティアラが魔法少女に執着した理由は、なんとなく把握した。

 魔法少女は人々から注目されて愛されている存在だ。


「実のところ、ティアラの足取りは公安も掴んでいるわ。魔法少女の正体を調べるのと同じくらい簡単だったわ。お店の監視カメラに、しっかり映ってたわけだし」

「けど、どう処理するかは悩んでいる?」

「ええ。公式見解として、怪物の親玉に連れて行かれましたなんて学校と母親に伝えるべきか、上の意見は割れてるそうよ」


 事実を伝えればいいのになんて、そう単純なことじゃないのは俺にもわかる。

 そんなこと、民間に知らせたら大騒ぎだ。怪物やキエラに対する危機感が煽られるから、恐怖を抑制したい俺たちにとっても嬉しい状況じゃない。


 怪物対策をちゃんとしないと。そんな風な風潮が市内に広まるのはいいとして、あの市長が俺たちのことを探るような働きかけを強める可能性もある。


 面倒なことになるな。


「公安としては、しばらくは行方不明扱いで放置するしかないって結論になりそうよ。対処は魔法少女たちに任せようって」


 俺たちにとっても、都合がいい結論だな。こちらの意向に沿ったというより、責任問題の回避のために手を出さないって判断なんだろう。

 魔法少女の問題の接し方と同じだ。というか、魔法少女絡みの面倒事は、全部こっちに投げる気か。


「怖い顔しないでよ。お偉いさんにも事情があるの。あなたたちの都合の悪いようにしないから、ね?」

「わかったよ」


 樋口個人は、それなりに信頼できるから、ここは文句は言わないことにしよう。


「なあラフィオ。公安はこう言ってるけど、実際に対処なんかあるのか?」

「死体が見つかれば行方不明じゃなくなる。彼女は既にフィアイーターだ。コアを砕いて殺すしかない」


 ラフィオがプリンをすくいながら言う。ちなみに三杯目だ。肉には目もくれずプリンばかり食べている。

 そんな光景には似つかわしくない答えだけど、それしかないか。


「問題は、ティアラが向こうの世界に引きこもって出てこないことだね。向こうへ行く方法については、僕でなんとかする」

「なんとかできるのか?」

「樋口。前にお願いした、空き家の件はどうなってる?」

「見つかりそうよ。あなたの家に近い場所に一軒、見つけたわ。ちょっと古い家屋だけど問題ある?」

「ない。部外者が入り込まないような場所なら、なんだっていい。家から近いなら好都合だ。前に言った通り、そこで新しい魔法少女のためのコアを作る。その他にも、向こうに行く道具を作ったりする、僕の工房にしたい」

「わかったわ。早速、買わせてもらうわ」

「公安は家まで用意してくれるものなのか」


 自分からお願いしたことだというのに、ラフィオは少し驚いている様子。

 確かに、家を買うとなれば相当な費用になる。いくら国家機関でも、そう簡単に出せる額でもないだろうけど。


「心配しないで。安かったの」

「古いから?」

「それもあるけど、何年か前に事件があってね。大したことない、一家心中なんだけど、要するに事故物件なのよ。管理会社も手放したがってた」

「……」

「公安っていうのは要は警察なの。その手のいわく付き物件の情報なんかいくらでも持ってるのよ」

「悠馬ー。そろそろわたしは回復完了です! お酒を注文してください! あと肉も!」


 俺に体を預けていて寝ていた愛奈が、このタイミングで復活した。呑気だなあ。そのせいで、事故物件について詳しく聞くタイミングを逃してしまった。


「詳細は手続きが終わったら知らせるわ。あともうひとつ。あなたが知りたがってた、もうひとりの政治家についてだけど」

「雑賀優子か。なにかわかったか?」

「裏でやってるかもしれない犯罪行為なんかは、調べるのには時間がかかるわ。表面的な素性だけなら調べられるけど、今のところ潔白」

「そうか」

「壊れた事務所の修理は、懇意の業者にお願いしているそうよ」

「それはいいのか? なんか、入札とかで決めるやつじゃないのか?」

「市の事業ならそうだけど、政治家が自分の資金で自分の事務所を直すなら、普通のことよ。個人的な経済活動なんだから。焦ることないわ。もう少し調べるから。もし気になるなら」


 樋口タブレットを操作して画面を切り替えた。

 なにかのウェブサイトを開いたらしい。


「公開討論会?」

「そう。来週の日曜日、市のホールで行われる。魔法少女と市の関わり方について討論するの。主催は雑賀さん。市長も来るそうよ」

「来るのか?」

「来るわ。観覧として市民を迎えての討論会。雑賀さんとしては、魔法少女調査派にいる、市長じゃない議員を呼ぶつもりだったそうだけど、そこで迂闊なこと言われたら困るのは市長だもの」


 市民が見てる前で下手な議論ができないというのはわかる。


 調査派という呼び方が正しいかはともかく、そこに属する議員の多くは市長に追随している形なんだろうな。

 反対派と比べると、議員自身の主張という意味では弱い。市長の意見に従って、多数派に属したいから言ってるだけ。


 市長の働きかけが反対派より早かったから、こうして多数派になったわけだ。

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