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2-29.国の奢りで焼肉を食う

「ううっ。明日絶対に筋肉痛になってる……仕事なのに……」


 結局夕方まで、俺と同じ運動量をさせられた愛奈が焼肉屋の椅子にぐったりと体を預けていた。

 チェーン店の安い店だけど、焼肉は焼肉だ。愛奈も、それ自体は喜んでいる様子で。


「本当に奢ってくれるのは嬉しいけど……公安も太っ腹ね」

「体作りの基本は食事よ。あなたたちが強くなるのも、公安としては嬉しいこと。このくらいの予算はぶんどってやるわよ」

「おおー。鬼かと思ったら意外に優しい。散々運動させてきたのは鬼だけど。あ、とりあえずビール注文しておいて」

「はいはい」


 酒への執着は本気だよな。


「ラフィオ。なんか適当に焼いてお皿に乗っけてて。あなた焼く人、わたし食べる人」

「お前も焼け。いや、悠馬。こいつもしかして、肉を焼くのも失敗するような不器用さなのか?」

「ああ。残念ながらな」

「よし悠馬。お前も肉には触れるな」

「お?」


 トングを手に取った俺の腕をラフィオが抑える。


「お前のことだ。多少赤みが残ってても、焼いてるんだから食えるだろとか言って食べるつもりだろ」

「……おう」


 なんでわかった、こいつ。


「焼くのは僕がやる。あと遥、手伝ってくれ」

「いいよー。悠馬にはこういうの、任せられないよねー」

「なんでそうなる」

「お前にはこの程度の料理もさせちゃ駄目なんだ」

「おーい。樋口さん飲んでるー?」

「悠馬は、この愛奈が暴走する前に止める係だ」

「わ、わかった」

「ねえラフィオ。わたしは? わたしはラフィオをモフモフする係がいい!」

「火を前にしてる時にちょっかいを出すな!」

「樋口さんも飲まなきゃ盛り上がらないでしょー? それとも、わたしの酒が飲めないっていうのー?」

「飲んでるわよ」


 樋口も、俺たちのノリに微笑みを浮かべながら、届いたビールのジョッキを傾けていた。


「そんな上品な飲み方じゃなくて! 一気に行きなさい一気にむぐっ!?」


 俺は愛奈を止める係だな。他の客の迷惑になるから、騒ぐのはやめような。


「なあ樋口、いいのか? 別に愛奈に付き合って飲む必要はないぞ」

「いいのよ。今は勤務時間外。個人的に、あなたたちと仲良くするためなの」

「仲良くしたいのか?」

「まあね。悪い人じゃないし」


 樋口はジョッキのビールを飲み干すと、焼けた肉を食べる。


「あなたたちが、本気で世界を守るために戦ってるの、よく理解している。だったら力になりたい。これは本心よ」

「……ありがとう」

「お礼なんかいいわよ。子供なら、大人の厚意は遠慮なく受け取りなさい。ほら、国の奢りよ。なんだって注文しなさいな」


 そう言って樋口は微笑んだ。頬が少し赤くなってるのは、酒のせいだろうか。それか、気恥ずかしさもあったのかも。



「ううっ……もう飲めない……悠馬、わたしが飲めるようになったタイミングでビール注文して……」

「飲むのか飲まないのか、どっちだよ」


 俺に体を預けて目を瞑っている愛奈に突っ込む。

 タダ酒とわかった途端にハイペースで飲むからな。


 一方の樋口は、酒には強い様子だった。何杯も飲んでるけど、さほど酔ってはないように見える。顔は赤くなってるけど。


「そういえば、日野ティアラの素性がわかったわよ」

「本当か?」

「ええ。昼間、トレーニングの最中に連絡が来たの」

「公安の人探しは日曜日も働いてるのか」

「そういう人員もいるってことよ。休日にしかわからない情報もあるわけだし。その人もちゃんと休みは取ってる。あなたが思ってるよりは、ちゃんとした職場よ」

「そういうものか。それより、ティアラについてだけど」

「この子で間違いない?」


 樋口が見せたタブレットの画面には、まさしくあの子が表示されていた。

 制服姿で真顔で写真に取られている。学生証のために撮られた写真なんだろうな。


「学校から、彼女の写真は何枚か得られたわ。もっと見る」

「いや。本人確認ならこれだけで十分だ。この写真、合法的に手に入れたのか?」

「ええ。世間的には行方不明者だからね。学校から警察に相談があったのよ。これは公安の案件だって仕事を横取りして、県の公安課に調べてもらったの」

「なるほど」


 迅速に調査ができた理由はよくわかった。

 行方不明か。彼女は正確には、死んだのだけど。


「姫が輝くと書いてティアラと読むそうよ」

「どんな読み方なんだよ」

「わたしに訊かれても。説明を続けるわね。彼女の家庭環境について」

「おう……」


 なんとなく、気持ちのいい話は聞けない予感がした。

 変な名前を娘につける家庭の話なんて。


「父親は不明。母親が若い頃に遊んだ男の誰からしいけど、詳しい足取りは掴めなかったわ。たぶん、本人も知らないはず。今はシングルマザー」


 俺の予感は当たったらしい。


 今は母親と二人暮らし。母の仕事はスーパーのレジ打ちのパートタイマーで、あまり熱心な仕事ぶりとは言えない。当然、家は極貧生活。

 学校には行っているけど、友達と呼べる者はいなかったらしい。授業は真面目に聞いていて問題も起こさないから、学校にとっては良い生徒。ただし成績は優秀とは程遠いもの。


「ひどいな」


 樋口の口から語られる悲惨な境遇に、俺はため息をついた。

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