捕まえられて思う存分モフられて、そのまま河原まで持っていかれた猫もまた、疲れている様子だった。
ラフィオと猫を抱えたまま走ったつむぎ本人は、全く疲れた様子を全く見せていない。
「もっと走れるしモフモフ捕まえられるんだけど、樋口さんは休憩しなさいって」
「この子は平均的な女の子よりも持久力があるのは確かよ。けど、自分の疲労に自覚がなさすぎる」
「んー。樋口さんはつまり、わたしは疲れてる時も動けるって言ってるんだよね?」
「そういう意味でもあるわ。けど、無理を押して動いてしまって体を壊したり、戦闘中に本当に限界が来て動けなくなる危険もあるの。自分が疲れてることを知るのは、大事よ」
「んー。そっかー」
つむぎは、あまりわかってなさそうな様子を見せた。
「あなたが、この子のことしっかり見ておきなさい」
「僕かい? 僕がつむぎ係なのかい?」
「いつも一緒にいるでしょう?」
「不本意だけどね。おい、つむぎ。その猫そろそろ放してやれ」
「やだ!」
「この通りだ。こいつは、僕の言うことを聞いちゃいないぞ」
「頑張りなさい。それでも、あなたが適任なのよ」
樋口は、俺たちのことをよく観察している。つむぎの特性というか弱点も把握して、できる範囲でアドバイスをしている。
つむぎ自身も、樋口の話を理解していない面はありつつ、自分のために言ってくれているのは把握しているようだ。
親しみやすい教師と接するように、懐いている様子を見せた。
「樋口さんも、ラフィオと猫さんモフモフしますか?」
「え? ええ。いいわよ。モフモフ……」
樋口は躊躇いながらも、ラフィオと猫に手を伸ばした。
意外だな。こういうのに手を出すなんて。もっと堅物で、遠慮するものだと思ったのだけど。
「モフモフ……うふっ」
「笑った?」
「あなたがその姿になってるの、この目で見たのは初めてだけど……いいわね。思っていたより触り心地がいい」
「そうかい」
予想外にとろけた笑みを浮かべながら、樋口はラフィオを撫でていた。
暴力的なモフモフを行うつむぎと違って、優しく撫でる手にラフィオも暴れることなく大人しくしていた。
「樋口さん、意外に猫とか好きなんですね。あ、ラフィオの方を撫でてるってことは、小動物が好きとか?」
遥が車椅子を動かして、笑顔を浮かべながら樋口に近づいていく。
「なによ。悪いの? かわいい生き物をかわいいって思うこと、別に変じゃないでしょ?」
「まあたしかに。けど、お堅い公安さんっぽくないなーって」
「別にいいでしょ。趣味なんだから」
「樋口さんもモフリストなんですか!?」
「も、モフリスト?」
「おいつむぎ。勝手に人を自分の同類にしてやるな」
「ラフィオ、今わたしのこと、馬鹿にした?」
「した」
「ひどーい! ラフィオが意地悪言うなら、わたしだってモフモフしてやるんだから!」
「おい! こら! やめろ! ああああああ!」
「本当に、愉快な人たちね……」
「ねえねえ樋口さん。せっかくだから、もっと親睦を深めるべきだと思うのよね」
ため息をつく樋口に、愛奈が歩み寄ってきた。
「せっかく河原にいるんだから、バーベキューとかしない? 肉を焼くの。あと、喫茶店ではお酒飲めなかったしね! ビールも用意しよっか!」
「バーベキュー焼く道具とか、家にないだろ」
「買ってこよっか。公安のお金で」
「なるほど」
「いやいや。当然のように公務員からたかろうとするの、やめなさい」
樋口は一歩引き下がりながら呆れたように言う。
「というか、ここでバーベキューなんてできないでしょ。無許可でやったら怒られるわよ。私有地じゃないけど、県か市の土地なんだし」
「だったら警察の許可があれば」
「わたしは警察でも、許可をする立場にありません」
「えー。ケチ!」
「そういう問題じゃなくてね……ああもう。わかったわよ。要は肉と酒が欲しいんでしょ?」
「え? まあたしかに、そうですけど」
「夕飯はわたしが奢るわよ、焼肉」
「おおっ!? 本当!? やったー! さすが国家権力。話がわかる」
「その代わり、あなたも鍛えなさい」
「……え?」
「悠馬も、もう少し休憩したらもう一回ランニングよ。愛奈と一緒にね」
「あー。わかった」
「待って待って! わたし、運動する格好じゃない!」
「近くのスポーツショップで安いジャージ買えるわよ。ほら、行くわよ。買ったらすぐに着替えてランニング。悠馬もウォーミングアップ始めなさい」
「ええっ!? 嫌です! うわ離して! ねえこの人力強くない!? 悠馬! 助けて! いーやー!」
俺より非力なはずの樋口に引きずられていく愛奈を見送る。叫ぶと余計に体力消費するからな。
樋口の怒りもなんとなくわかる。そして、彼女が、俺たちのノリに適応しているのも。
愛奈の文句は走ってる間も続いていて。
「鬼! 悪魔! 怪物!」
「なんとでも言いなさいな」
「あと! 胸があるのがムカつく!」
「……そう」
樋口はふと、自分の胸元と愛奈のそれを見比べて、返事をするのを諦めた。なにも言えなかったのか。
樋口の胸はめちゃくちゃ大きいというわけではなく、平均的だと俺には思えた。けど無である愛奈にとっては圧倒的な差らしい。
「ちょっと胸があるからって偉そうにしないでくれるかしら! というか走ってる時にばるんばるん揺れてみっともないんですけど!」
「この人の弟でいるの、疲れるでしょう?」
「わかってくれて嬉しい」
「悠馬見てなさい! 貧乳の方が役に立つ時だってあるのよ!」
「はいはい」
「誰が貧乳よ馬鹿!」
「お前が自分で言ったんだろうが! てか、大声でそんなこと話すな馬鹿!」
「わーん! 悠馬が馬鹿って言ったー!」
こんな調子で、愛奈は止まらなかった。