「空き家?」
「家から近い方が都合がいい。空き家じゃなくても、部外者が入ってこない空間なら構わない。けど、広い平面が欲しいから、リビングがある一軒家がいい」
「その家で、なにをするつもりかしら」
「わかった! わたしたちふたりで住む家だよねむぐぐ」
ラフィオは俺の真似をして、つむぎの口を塞いだ。
「コアを作るんだ。新しい魔法少女を作り出すための」
そういえば以前も、ラフィオは魔法少女を増やす計画があると言っていた。
「広い平面に魔法陣を描いて、その真ん中でコアを育てる。そのための場所がほしい。魔法陣と材料は僕がなんとかする」
「なるほどね。用意します。……新しい魔法少女が、お偉いさんの納得する人選だって約束するならね」
「納得する人選?」」
「公安が警戒しない相手よ。過激派じゃない。政治的背景がない。思想が偏っていない」
「普通の市民を選べってことだね」
「わたしを選んでくれるなら、それが一番わかりやすいのだけど」
「ああ、それは無理だ。君には適正がない」
「残念。うまくいかないものね」
話はこれで終わり。ちなみに会計は樋口が払ってくれた。
奢られるより奢ったほうが立場としてマシということか、支援の気持ちの表明か、あるいは恩を売ることで裏切りにくくする意図があるのか。単に法律の問題かも。どれが正解かなんか、わかるはずもない。
「信頼できるかしら、イッチー」
「怪しんでるなら、あだ名で呼ぶのやめろよ」
「だって。樋口一葉っていうのも変じゃない?」
「変だけどさ」
帰宅してから、愛奈はさっそく晩酌の準備を始めた。さっきカルボナーラ食べてたけれど、足らなかったらしい。主にアルコールが。
「で、悠馬は信頼してるの? トレーニングの相手までお願いしてさ」
「相手が本物の公務員なら、下手なことはしないと思う」
「それはそうかもね」
「だから、利用するだけしようかなと思った。俺個人の理由だけど」
「いいんじゃない? 悠馬なりに真剣に考えてるのは理解できるし。もっとお姉ちゃんに頼りなさいって思うこともあるけどね」
「うん。ありがとな……」
「あ、悠馬ビール何缶か持ってきて」
「頼り……頼り甲斐……」
いいんだけどな。たとえ酒乱でも、姉ちゃんは頼れるんだけどな。
「ふへへ。ぶっ倒れるまで飲みたい」
「やめとけ。死ぬぞ」
「死にたくないでーす」
「だったら飲むな」
「飲みたいです!」
こいつは。
翌日。
「本当に、弁当箱にピラフが……」
「食べて食べて。冷めても美味しいように出来てるかは、ちょっと自信ないけど」
遥の作ってきた弁当を開けて俺は驚いていた。冷凍の小エビが入っているそれを、箸で食べてみる。
「うまい」
「やったー!」
店で食べるピラフとはまた少し違う味わい。弁当だから冷たいというのもあるのだけど、それを補うべく味を濃い目にしているのだろう。
「遥、お前すごいな」
「でしょー? 惚れちゃった?」
「それはわからないけど。このピラフなら毎日食べたい」
「ほあっ!? そ、そっか! じゃあ明日からも作るね!」
「山菜ピラフとか、バリエーションも作れないか?」
「悠馬、ピラフのことになると目がガチになるね……やってみる」
遥が、ちょっと腰が引けた様子で頷いた。俺、ちょっと変なこと言ってしまったかもしれない。
でも、美味いのだから仕方ない。
それから少し日を置いた日曜日。俺は学校の体操着であるジャージを着て、河原の河川敷に立っていた。
隣には、同じく小学校の体操服を着ているつむぎが立っている。胸に「御供」って書かれてる白い体操服。なんか懐かしいな。
俺たちの前には樋口。やはり動きやすいジャージ姿。上は前を開けていて、白いシャツが見えている。
今から、樋口と約束したトレーニングを始めるわけだ。連絡を取ったところ、この河原に来いと指定された。
つむぎが参加しているのは、なんか面白そうだからと言っていた。ラフィオと関わる機会を増やしたいのだろう。
運動ができない遥もついてきていて、少し離れた所で車椅子に座って見学している。ラフィオもその隣にいた。
愛奈は、まだ家で寝ているはず。
「あなたが先日受けた体力測定の結果は手に入れているわ」
「マジか」
「公安だからね」
樋口が手元のタブレットを見ながら言う。
確かに新学期に体育の時間に、体力測定は行った。去年もやった奴だし、中学時代もやった覚えがある。
どうも国の方針でやっている、規格化されたテストらしい。国民の体力の実態を測る意図で。
「それぞれの項目について、その年齢の男子の中で平均は上回ってる成績。悪くないわね」
「そりゃどうも。もっと強くなるのは可能か?」
「ええ。もちろん。まずは基礎体力を向上させることね。トレーニングの基本はそれ」
「つまり?」
「走って体力つけなさい。要はランニングよ」
「なんか地味だな」
もっと、格闘術とか教えてもらうのかと思ってた。
「ふっ。そんなの、あなたには早いわよ」
「今笑ったか?」
「青いなって思ったの。馬鹿にしてるわけじゃないわ。あなたには素養がある。そこは素直に尊敬しているし、ちゃんと鍛えればわたしより強くなる」
「本当かよ」
「本当よ。試してみる? そこにうつ伏せになって」
「なんでだ」
疑問を隠せてない俺の前で、樋口も対面するようにうつ伏せになる。それから肘を地面につけて、手を軽く開いた形にした。
「腕相撲しましょう」
「……わかった」
手頃な高さの台がないから、地面に寝転んでやるってことか。
俺もうつ伏せになって樋口と向き合う。すぐ近くに顔がある。樋口の胸が地面に押しつぶされているのを見て目を逸しそうになった。
樋口の手を掴んで、俺も肘を地面につけて。
「始めて」
樋口がそう言うと同時に、俺の手に力がかかる。不意打ちのようなものだったから、俺の手が少し地面側に傾く。
けど、それ以上は行かなかった。樋口を見れば涼しい顔をしているようで、かすかに歯を食いしばっているのがわかった。
こいつも全力を出しているのだと思う。けど、俺を倒せない。