「あはは。失敗じゃないのね。そうなのねー」
「あ……」
「わかるわよ。わたし、仕事できる大人だから」
いや。わかる理由はそれではなく、愛奈も駄目な大人だからだろ。自分と同じ駄目なところを、樋口にも見出したんだろうな。
「ねえねえ。なにやったのよ。教えてよ。取引先のセクハラオヤジのヅラを奪い取ったとか? ウザい事務職のお局さんの浮気写真をばらまいたとか?」
「姉ちゃん。そんなことしてたのか?」
「え? いやいや。例え話よ。それより、樋口さんはどんなことしてたのかなー?」
「そんなこと、どうだっていいでしょ?」
「よくないなあ。わたし、イッチーのこと、もっと知りたいな」
「あだ名つけるにしても、もっと良いのあるだろ」
「ねえ、教えてよイッチー」
「無視するなよ」
「あー。どうしても、知りたい?」
「うん!」
「教えたら、協力的になってくれる?」
「んー。それはわかんないけど。でも一瞬だけ静かにしてあげる」
「……」
公安が馬鹿の相手に閉口している。けど、やがて観念した様子を見せた。
「警察学校の同期に、チャラい男がいたのよ。そいつは公安じゃない、普通の警官になったわ。でもまあ、同期だから連絡先は交換してるわけなのよ。あいつ、女には一通り声をかけてたから」
警官としてどうなんだ、それは。
問題行動なのは樋口もよく理解しているらしくて。
「彼、最近車を買ったそうなの。それも割といいやつ。身の丈に合わないとも言えるわね。それで、ちょっとドライブ行かないかって何度もお誘いがあって。しつこくて……」
ちょっと言い淀んだけど、もう止めようもない。
「夜中に、そいつの車に燃料をぶっかけて、ライターで火をつけて燃やしたの」
「おおう。それは」
「よく燃えたわ」
「いやいや。そういう問題じゃないというか」
「証拠は残してないわよ。怪しまれたけど」
「あー……それで、深く詮索しないしお咎めもなしの代わりに、面倒な仕事を引き受けなさいって?」
「ええ、まあ」
よく考えれば、東京の組織の人間が別の県の問題に口を突っ込むのも変な話だ。指揮系統がどうとか理由を言ってたけど、もう少し単純なことだった。
誰も負いたくない責任を負わせるのにちょうどいい人間がいただけ。
警察庁の偉い人たちが、ちょうど後ろ暗い事情を持ってる人間が下の組織にいると知って、これ幸いと面倒な案件の責任者に据えたのだろう。
魔法少女が敵に回るとかの、警察たちが心配している事態になっても、樋口のせいにしてしまえば自分たちは安泰。いや、警察の敵になんかならないけど。
「そっかー。そっかそっかー」
愛奈は妙に嬉しそうにうなずいた。眼の前の公権力の弱点を把握できたとでも言うように。
確かに、公安なんて容易に手を出したらまずそうな相手だけど、こうやって見れば意外に親しめる所もあるのかもと思ってしまう。
駄目だけどな。ムカつく奴の車を燃やすような奴、親しむべきかはちょっと考えものだけどな。
「まあそういうわけで、わたしは魔法少女担当になったの。県警所属の公安と協力しながら、責任はわたしにあるって形」
「担当としての仕事はなんだ?」
俺たちをテロリストみたいなものと断定して拘束したりはしないとは言っている。こう見えて俺たちの本質を測りかねてることも理解した。
けど、正体を特定して監視するだけで仕事が完結するわけじゃない。今もこうやって、会って話している。
「監視だけじゃ物事は進展しないし、なにもわからない。あなたたちがテレビで言ってることが真実なのかも。だから接触することにした。きれいな若いお姉さんなら、相手も油断するでしょうしね」
自意識の高さから言っただけではないのだろう。彼女は、自分の性別や容姿を武器にする覚悟を持って仕事をしている。
「魔法少女か覆面男の誰かを選んで、ひとりだけ呼び出して話そうとしたのよね。計画通りにはいかなかったけど」
実際、こうやって魔法少女の関係者全員と、さらにマスコミまで含めて一堂に会することになったわけだ。
俺がそう仕向けたんだけど。
「なんで俺が選ばれたんだ?」
樋口は俺にメモを渡した。フィアイーターが暴れている現場に駆けつけたか偶然居合わせたかして、渡せた相手が偶然俺だったという理由かもしれないけれど。
「都合よくメモを渡せる相手があなただったのは大きい。怪物が現れた現場に向かって、あの政治家に言われるままに避難しながら様子を伺ったら、こうなった」
けどねと、樋口は言葉を続けた。
「狙うならあなただって考えていたのも事実よ。事件に関わりつつ、ひとりだけ特殊な力を持っていない立場というのが付け込みやすいと考えたのと……男なら、女で懐柔できるかもって思ったから」
「舐められたものだな」
「怖い顔しないでよ。思春期の男の子なら、大人のお姉さんに誘惑されたら心が揺れるものなのよ」
「普通の男の子ならねー。けど悠馬の場合は違うわ。ひとつ屋根の下にこーんな美人がいるのに、顔色ひとつ変えないんだから」
「実の姉なら、そんなものですよ。でも悠馬がそういうのはわかります。こんな美人が毎日一緒に登校してるのに、全然反応しないんですから」
「お姉さん言うな」
「ふふっ。いつか正式に、義理の姉妹になる日が来るといいですね」
「来ないから。悠馬はわたしのものだから」
「おいこら。ふたりともやめろ。困ってるだろ、公安が。あとマスコミが」
渋谷と樋口が、ふたりを呆気にとられた様子で見ていた。
ちなみにラフィオとつむぎは。
「はいラフィオ。あーん」
「やらないからな」
「でも、プリン食べたいでしょ? 知ってる? こういうのはね、誰かに食べさせてもらう時が一番おいしいんだよ?」
「お前に食べさせられたくないんだ」
相変わらずだった。ラフィオのスプーンを奪ったらしいつむぎは、こっちの話を聞く気を完全に失ったようだ。
これはこれで、樋口を呆気にとらせていたのだけど。
「微笑ましいものですね。子供同士が仲良くしている様子は」
さすがアナウンサー。こういう時に平静を保てる。