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2-22.”普通の市民”

「しかも対処に困っている間に、あなたたちはメディアに出た。テレビと、その向こうの視聴者を味方につけたの。ますます、国家権力は手が出しにくくなった」


 樋口は、ちょっとだけ疲れた笑顔を見せた。


「手を出さない理由ができたって。お偉いさんは考えたかもね。とりあえずは監視して放置でいいだろうって」


 俺たちにとっては僥倖なんだろうな。権力が手を出して、邪魔しないというわけで。


「僕が捕まって、解剖される心配もないのかい? みんな逮捕されるようなことも」

「ないわよ。今のところね。無理に拘束でもしてみなさいな。世論が許さないわよ」

「そういうのをなんとかできるのが、国家権力じゃないのかい?」

「国家権力でも限界はあるわよ。完全な情報統制なんかできない。誰もが情報発信できる時代ならなおさらね。さらにマスコミと組まれると、お手上げよ」

「そうか。ならよかった。できれば、手を出さない以前に僕たちを嗅ぎまわるような真似もしないでほしかったけど」

「それは無理。対処に困ってるなりに、調査は完璧にやらないと。情報収集しないと判断もできない」


 樋口は、そこは譲れないときっぱり言い切った。


 俺たちの素性がわかっている事実は、実のところ安心できる材料じゃないからな。樋口自身は、こっちに比較的協力的なことを言ってるけど。


「手を出すのは嫌なだけで、この県の公安は優秀に仕事を果たした。魔法少女と覆面男が普段は何者なのか、解明するまで数日もかからなかったわ」

「そんなに早かったのか」

「特にあなたの制服のおかげでね」

「あー」


 やっぱり俺の制服が問題か。

 ちょっとタオルを巻いて正体を隠す程度の小細工、公安には通じなかったらしい。日本の警察の優秀さが嫌になるな。


「結果として、お偉いさんはさらに頭を悩ませることになった。世間を騒がせている魔法少女が、普通の善良な市民たちなのだから」

「善良、ね……」


 ラフィオは隣に座るつむぎを、不審な目つきで見つめた。今は知らない大人もいるから静かにしてるつむぎだけど、警戒は怠っていない。


「ええ。無邪気そうな小学生の女の子がいるなんてね」

「無邪気かい?」

「まあまあ」


 ラフィオにとっては別でも、世間が受ける印象としては間違っていない。


「他にも、早くに両親を無くして高校生の弟を養っている立派な社会人女性」

「ふふん」


 おい。無い胸を張るな。養ってるのは事実だけど、立派扱いはどうかと思うぞ。


 くそっ。これが世間一般の受け取り方なのか。


「挙げ句に、障害を抱えた車椅子の女子高生。属性で物事を言うのはなんだけど、権力が介入したことが明るみになれば、世間から同情されるのに十分な人ばかり」

「わたし、そういう目で見られてるんですか? 公安の人に?」

「得られた情報から判断すると、そうなるの。犯罪歴なし、政治的背景なし。身柄を拘束するにしても、魔法少女に変身して怪物を倒すなんて犯罪は刑法に規定されていない。公務執行妨害なんかをでっち上げることもできるけど、マスコミと繋がりがある以上は下手を打つと公安と警察への大バッシングに繋がりかねない」


 なるほどな。それは、上層部も責任逃れしたがるわけだ。

 手を出さないって結論に至る理由もよくわかる。


「でも樋口さん。あんたは魔法少女の件の担当になったんだろ? 窓口だったか。この県の公安じゃなくて、東京からわざわざ来てくれて。結局、担当者の押し付け合いでなぜか警視庁に命令が来たのか」

「あー。まあ、そういうこと……かしらね?」


 急に口調に切れがなくなったぞ。


「県警ではなく他所の組織のわたしが担当になった理由は、あの市長ね」

「大貫さん?」

「ええ。表立って魔法少女の正体を確認すると宣言した。そして市長は、公安含めて県の警察に対して力がある。県警から上の組織である警察庁に意見は出せる。けど警視庁には口出しできない」

「なるほど。本件は警視庁案件だから市長の方針とは関係なく動ける」

「ええ。魔法少女を刺激しないための方策よ。主導は警視庁……というか、わたしがやる。県警はこっそり手伝うだけ。市長も余計なことしてくれるわね」


 樋口は参ったとばかりに言う。市長のせいで、自分の仕事となってしまったのだから。


「でも、顔を出して調査すべきと言うあたりは、匿名で同じ主張をする政治家よりは尊敬できるわね」


 澁谷がいたずらっぽい笑みを浮かべながら樋口に言った。


「ええ。あなたの気持ち、わからなくはないわ」

「名前を隠さないといけないってことは、相当偉い人なのね。総理大臣?」

「違う。総理なら、事態を注視していきたいって威厳たっぷりに言ってから、関係しそうな閣僚に堂々と対処を任せたわ。それ以降動きはないけど」

「そう。じゃあ防衛大臣とか。下手すると怪物に自衛隊をぶつけることになるから」

「それも違うわ。自分の省で密かに対策を立ててるかもしれないけど」

「じゃあ」

「言っとくけど、わたしもよく知らないのよ。偉い政治家が関わってるとは上司に言われた。けど、具体的に誰なのかは知らない。というか、知っていてもマスコミには言わないわ」

「そう。残念ね」


 実際には澁谷の口調は、残念そうではなかったけど。


「では、質問を変えましょう。樋口一葉さん。警視庁公安課の中で、あなたが魔法少女の担当になった理由はなんですか? そこに、政治的な意図はあるのでしょうか」


 冗談半分で、アナウンサー然とした口調で質問を畳み掛けた。


「いい性格してるわね、地方の女子アナも。……そうね、あえて言うなら、わたしが優秀だからかしら。未知の脅威に対処できそうな柔軟さを買われた」

「えー? 本当かなー?」


 明らかに自画自賛な理由を口にした樋口に、愛奈は疑わしげな目を向ける。


「本当よ……あとは、魔法少女たちと接するには、若い女性の方がいいとか、上にそんな判断があったんだと思うわ」


 それはありえそうな理由だと思う。


「なるほどねー。けど、それだけじゃない気がするわねー」


 なのに愛奈は、まだ食い下がる。


「なんか隠してるでしょ? なんか失敗して、それを見逃す代わりに面倒な仕事を押し付けられたとか、そんな事情があるんじゃない?」

「し、失敗じゃないわよ!」


 あ、ボロを出した。

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