「とにかく、悠馬にこれ以上女との関わりを増やしてほしくないのです。会いたいって女がいるのは向こうの都合だし仕方ないけど、まずはわたしが見極めるね。見極めさせて!」
「勝手にしろ。……ラフィオはどうする?」
「遥の鞄に移らさせてもらうよ。隠れて様子を見たい」
「わかった」
俺だけ、喫茶店が見える位置から少し離れることに。
角を曲がった建物の陰に隠れて、喫茶店と遥を見る。
喫茶店の中は、離れた上に窓が光を反射してよく見えない。出入りする人くらいは見えるから、あの女が来ればすぐにわかる。
あと数分で約束の時間。けれどあの女どころか、他に客が来る気配もない。
あいつじゃなかったのか? 呼び出したのは他の人間で、俺が全く顔を知らない意識してない相手。それが既に喫茶店で待ってるとか?
遥の方を見た。彼女は道の端に寄りながら、喫茶店の方を観察していた。
目立つな。車椅子の少女がこうしていると、なにか困っているようにも見える。道行く親切な人が声をかけてくるかも。
駅から近いし、人通りがないわけじゃない。仕事から電車で帰る人が増え始める頃だ。
スマホを少しいじりながら、約束の時間が来るのを待った。
女は確かに来た。けど喫茶店にではなく、それを見張っている遥の前に。
「神箸遥さんね?」
俺が位置する反対側から、見覚えのある女がやってきて、遥に声をかけた。
先日とは少し色の違うスーツを着た、鋭い目つきのあの女だ。
そして遥の名前を口にしていた。なんだ? 知り合いか?
「え? え?」
遥の困惑した様子を見る限り、それもなさそうだ。
「双里悠馬さんが来るはずなんだけど、まさかあなたなんてね。悠馬はどこかしら?」
「悠馬ですか? んーと、知りません!」
女は遥を見下ろしながら尋ねている。車椅子に座っている遥にとっては、かなりの威圧感になるだろう。
俺の名前も知っているのか。謎の覆面男として、ではなくて。かなり怪しい。
よし、助けに行こう。スマホをポケットに入れて、女の方に歩いていく。
「双里悠馬は俺だ。おい、遥から離れろ」
最初から喧嘩腰でいく。俺たちにとって友好的な相手なのかどうかについては関係なく、とりあえず威嚇することにした。
女の前までやってきて、遥から離すべく肩を押そうとする。
が、手のひらが女の肩に触れる前に、彼女は俺の手首を掴んだ。
そのままひねり上げながら俺の身を引き寄せたと思ったら、足払いをかけてバランスを崩した。
何が起こったかわからないけど、次の瞬間に俺は彼女の足元に仰向けに倒れていた。
「悠馬!? 大丈夫!?」
「弱いわね。こんなので怪物と戦おうなんて。笑わせてくれるわね、双里悠馬」
見下すような目をこちらに向ける女にちらりと目を向けながら、俺の注意は別の方向に向いていた。
「撮ったか、澁谷!?」
「もちろんです! 暴行事件の一部始終を!」
「……は?」
女が呆気に取られた表情を見せた。
喫茶店の前に停車していた車から、マイクを構えたアナウンサーとカメラを担いだカメラマンが押し寄せて来たのだから。
「初めまして! テレビもふもふのアナウンサー、澁谷梓です! 今の状況について、お話伺ってもいいでしょうか!?」
「ちょっと! 待って! 撮らないで!」
女は顔を隠しながら後ずさる。けど、一目散に逃げる様子はなかった。
事態を放置して、顔を報道でもされたらまずいのだろうな。俺もそういう想定をしてたんだけど。
「悠馬。これどういうことかな?」
「見ての通りだよ。澁谷たちに事前に話をして、来てくれって言っておいた。最初は目立たない所で隠し撮りして、何かトラブルか俺からの合図があれば出てくるようお願いしてたんだ」
俺が倒された時点で十分トラブルだ。
「ふーん。へー。そっかー」
「なんだよ」
「わたしに内緒で、大人のお姉さんを頼ってた」
「仕方ないだろ。未成年だけで知らない人に会うのは危険すぎるから。遥に黙ってたのは悪かったよ」
「まあいいけどねー。やっぱり悠馬、年上と仲良くしてる」
「そういうのじゃないから」
相変わらず、謎の女に詰め寄る澁谷たちを見つめる。女は返事に困っている様子だった。
さて、これからどうするかな。マスコミの力に任せるのもいいけど、俺たちの名前を把握していたのが気になる。ちゃんと、正体を確かめないと。
なのに。
「悠馬。フィアイーターが出た」
遥の鞄から顔を出したラフィオが、ちょっと申し訳なさそうな顔で行った。
「マジか」
「マジだ。タイミングが悪いのは承知してるとも」
「あー。どうしようかな……」
テレビクルーたちは、俺のことを知ってるから堂々と変身して現場に向かっていっていい。遥については初耳だけど、正体を明かすことにそこまで不都合はない。
けど、あの女はどうするかな。俺たちのことを知ってる以上は、魔法少女のことも把握してると思われる。
覆面男と俺が繋がってるらしいし。
「あー。なんか、怪物が出たらしい。……友達から、そういうメッセージが来て知った」
「行きなさい」
遠慮がちに声をかけた俺に返事をしたのは、カメラを向けられた謎の女の方だった。
「行きなさい。怪物はあなたたちにしか倒せないんでしょ? 使命を果たしなさい」
「……行くぞ、遥、ラフィオ」
この女は俺たちの秘密を把握している。敵か味方かは不明だけど。
だったら隠しても無駄か。幸い、周りに他に人はいない。
「車椅子、預かっててくれ」
澁谷に言いながら、俺は巨大化したラフィオにまたがる。遥は魔法少女シャイニーライナーへと変身した。
走るラフィオの上から、愛奈とつむぎに怪物出現の報を入れる。今日は、できるだけ早く仕留めたかった。