外から見ても気づきにくいだろう。昨日取材を受けた時も、澁谷やカメラマンは誰も指摘しなかった。
愛奈が至近距離で覗き込むような形で目にしたから、見つかった。
けど、これはなんだ? 入れた覚えがない。
取り出して見てみると、罫線の入ったメモ用紙だった。
今日の日付と午後六時という時間指定。そして聞いたことのない店の名前が書いてある。
店名に喫茶とついているから、喫茶店なのは間違いなさそうだけど。
調べると、駅の反対側、何度か戦ったショッピングセンターのさらに向こう側にある個人経営の喫茶店らしかった。
雰囲気が良くて静かで、利用客の評判も上々。小さいながら地元に愛されている店らしい。俺は知らなかったけど。
その店に行けという指示だとは思う。けど、誰の指示なのかわからない。いつ入れられたのかも、わからなかった。
昨日のどこかだとは思う。けどこのポケットなんて、普段は全然見ない。ペンを差すくらいしか使えないし、学校の誰もそんなことはしてない。
だから、もっと前に入れられて、そのままずっと気づかなかった可能性もある。
いずれにせよ問題は。
「これ、どうしようかな」
この指示に従うかどうかだ。怪しすぎる。知らない人について行ってはいけませんと幼稚園で習うわけで。
こんな差出人不明のメモにホイホイついていくわけにはいかない。
気になるのも確かだし。どうしようかな。
誰かに相談するか? たとえば愛奈に。
「あれー? 悠馬ってば固まってどうしたのかなー? お姉ちゃんの下着の話にドキドキしちゃったのかなー?」
「……」
傍らに置いていたフライパンとお玉を手にして、叩く。
「ぎゃああああああ!」
こいつには相談できない。あと、話してる間に遅刻してしまう。
とりあえずメモ用紙をポケットに戻して、朝食を食べていつものように愛奈を見送って自分も家を出る。
「なあラフィオ。相談したいことがあるんだが」
「おや? なんだい?」
「つむぎの相手が終わってからな」
「ラフィオおはよー! モフモフさせて!」
「あああああ! なんでだああああああ!」
「わーい! モフモフー!」
「やめろー!」
モフモフするつむぎと、逃れようとするラフィオの攻防を見ながら、俺はずっとメモ用紙のことを考え続けていた。
「んー。それは無視すべきだね!」
少し後、バスの中で遥が元気にそう言った。
「どうしてだ?」
「怪しいじゃん!」
「確かに」
単純明快な答えだ。
「それにこの字、女だよ」
「決めつけるのは良くない。てか、なんでわかるんだよ」
「女の勘です!」
「なんだよそれ」
確信があるとばかりに親指を立てる遥に問いかける。
まあ確かに、綺麗な字ではある。読みやすくて繊細さを感じる。あるいは神経質なのかも。
粗暴だとか大雑把な人間が書いたとは思えない。
「ちなみに悠馬に、書いた人の心当たりは?」
遥はメモ用紙を眺めながら尋ねた。
それがないから困ってるんだけど。
「よく考えてみるんだ。ここ数日で、誰かに体を触られたりしたかい? 制服を着ている時に、胸の付近を触るくらいに接近を許した相手はいるかい? 昨日や一昨日のことから考えよう」
「昨日……」
ラフィオに言われて考える。
姉ちゃんには時々抱きつかれている。けど、さすがにこんなメモを渡す義理はないな。
澁谷とは握手してるし、雑賀にも手を取られている。けど胸は触れられていない。
「あ……」
ひとり、いた。あの女だ。フィアイーターとの戦いの際、俺を助け起こして事務所に入れてくれた、スーツで目つきの鋭い女。
あの時なら、確かにメモを入れる機会はあった。俺は注意がフィアイーターに向いていたから、胸ポケットを触られても気づかなかっただろう。
「んー。この人はあれだね。冷静な人だと思う。クールというべきかな。どんなことにも、簡単には動揺しない。目つきとか尖そう」
メモの筆跡から、思うがままに分析する遥。単なる予想に過ぎないけど、あの女の印象と奇妙なまでに合致していた。
「心当たりがあるんだね、それはどんな人だい?」
「わからない」
「わからない?」
ラフィオは怪訝な声を出したけど、本当にわからない。
あの女と大して会話をしてないし、素性も知らない。あの事務所に避難していたのは間違いないけど、雑賀の関係者である確証はない。
単に、避難場所として事務所を開放した雑賀に従ってただけかもしれない。
「調べてみよっか。雑賀さんのこと」
「そうだな」
それが一番だ。早速スマホで検索してみた。
何もわからなかった。
「雑賀優子 支持者」「雑賀優子 後援会」「雑賀優子 事務所 職員」その他いろいろ検索してみたけど、そこから得られた画像に彼女の姿は見当たらなかった。
雑賀のSNSも見てみた。昨日の出来事について、いろいろ呟いていたし画像も載せていた。
入口を無残に壊された建物の画像と、避難していた市民たちと一緒に写った写真。支持者との距離が近いアピールかな。その中に、例の女はいなかった。
俺と握手してカメラの前でアピールした後、確かにあの女と話していたのにな。写真には写っていない。
「でもまあ、感謝されるのはいいことだよね」
自分のスマホで同じように、雑賀のSNSを見ている遥は、ちょっと嬉しそうだった。
遥は例の女の顔を知らない。だから単にアカウントを見ているだけ。
「感謝されてるのか? そりゃされてるだろうけど……事務所ぶっ壊れたのに」
「うん。ドアについては、事務所が市民を守ったって誇らしげだった」
「内心はどうかは知らないぞ。よくもやってくれた。それか魔法少女が早く来てくれればと思ってるかも。けど、立場があるからこう言うしかない」
「ラフィオは悲観的だねー」
遥は楽観的すぎるんだよ。