「この仕事をしてるとね、政治部の悪い話は嫌というほど聞くの。この街の政治家にしても、国会議員とか内閣の人たちにしてもね。そしてマスコミは基本的に、政治家の醜聞をニュースにすることが多い」
「それはわかる」
「けどね、悪いことするだけが政治家じゃないの。スキャンダルとは無縁な政治家の方が圧倒的に多い」
そりゃな。ニュースになる政治家とならない政治家、どっちが多いかは明らかだ。
悪いことをしていない政治家は、ニュースにならない。せいぜい、お昼のニュースで市民の催しや式典に参加したりする姿を見るくらい。
「悪いことしたって報道される政治家も、普段は市民に尊敬されてたり、家族からは愛されるパパだったりするものよ。市民の権利と利益を守るために尽力している」
「そういうものか」
「ええ。報道はされないけどね。わたしは、そういう姿も視聴者の皆様に知らせたい。時々そう思うの。誰がどんな醜いことをしたとか、見てて不快になるニュースだけじゃなくて」
「澁谷あんた、マスコミ向いてないな。立派な人なのは間違いないけど」
「本当にね」
少し自嘲的だけど、澁谷は自分の考えに誇りを持っているようだった。
この考え方だから、俺の仲間になってくれている。怪物から人々を守る、希望を取材する者として。
『魔法少女たちは! 自分たちの正体を探らないでほしいと希望しています! 本人たちの意思を尊重して、方針を撤回するべきではないでしょうか!』
帰宅後、例の雑賀議員の仕事ぶりを見ようと調べて見た。
今週行われた市議会の録画映像、しかも魔法少女の話題の箇所の切り抜きを見つけたから閲覧してみる。
映像の中で白いスーツを着た雑賀が、市長を激しく問い詰めている。
俺たちがテレビの取材に応じた内容を根拠として、市長の方針を糾弾しているようだ。
他の議員を見ると、雑賀の言葉に頷く者がちらほら。市長の話だと、市議会議員のほとんどは市長の方針に賛成とのことだったけど、転向する者も出始めたらしい。
マスコミの力っていうのは偉大だな。特に、地方議会では。
『え、ええ。その報道はこちらも確認しました。もちろん、魔法少女のプライバシーは尊重すべきです。しかし同時に、市民の皆さんの安全と安心も確保しなければいけません。そのために、少しでも多くの情報を』
『市民を守ってくれている英雄のプライバシーを暴くということですか!?』
『そういうわけでは!』
雑賀に答弁を返す大貫市長は、ちゃんと反論して持論を説けているとは言えなかった。雑賀の勢いもあるのかもしれないけど、しどろもどろの返答になっている。
愛奈の話だと、支持基盤である製造工業系の会社には人気があるらしい。けど市民全体の問題となると、同じようにはいかないってことか。
それで、駄目な首長の烙印を押されてしまうかもな。それが正しいことかは別として。
澁谷が言ってた通りだ。政治家も一面的ではない。この人だって、有能で尊敬される面もあるのだろう。
「いいじゃないか。議会の意見が割れている間は、政治家たちもそう表立った行動は取れない。有権者たちの顔色も伺わないといけないしね。その有権者には、僕たちが戦いでアピールして、テレビ局に宣伝していく方針でいこう」
ラフィオが後ろから声をかけてきた。手に小鉢とビール缶を持っている。
「次の選挙がいつかは知らないけど、この国の権力者は選挙前の有権者の意向をなにより気にしてるんだろう?」
「そうだな」
「ラフィオー。お酒ー。お酒持ってきてー」
既に酔っ払って机に突っ伏している、この家唯一の有権者の姿を見てため息をつく。
こういう人たちの顔色を伺わなきゃいけない政治家の仕事も、大変だ。
翌日。俺はきちんと、いつもの時間に起きた。制服に着替えて、姉の部屋に向かう。
深酒のしすぎで寝起きの悪い愛奈を、いつものようにフライパンを叩いて起こすためだ。
「ぎゃー! やめて! やめてください! その音嫌い!」
「だったら早く起きろ。遅刻するぞ」
「労働者を労ってください!」
「労りたくなる労働者になってくれ」
「あうう……スーツここまで持ってきて」
「いいけど、俺の前で脱ごうとするなよ」
「見たい?」
「いいや全然」
パジャマのボタンに手をかけて腰も少しひねって、誘惑するようなポーズを見せる愛奈は、眠そうな顔のおかげでセクシーさとは程遠かった。
でも、クローゼットからスーツを持ってくるくらいのことは、してやってもいい。
「……どのスーツだ?」
スーツのことなんか、俺は全くわからない。特に女物は。
「それ。紺色のやつ。スカートも一緒にねー」
「はいはい」
「ブラウスはそれ。ストッキングは今日は色の濃いやつがいいかな」
「どれが濃いとかわかんないぞ」
「じゃ、最初に目についたやつでいいわ。あと、パンツとブラも選んで持ってきて。お揃いのやつね」
「それは自分でやれ」
言われるまま従ってたけど、それはまずい。やるわけにはいかない。
「なによ! だったら結局、自分で取りに行かなきゃいけないじゃない!」
「そうだよ。それが普通なんだよ」
「いいじゃない! お姉ちゃんの下着なんか見ても別にドキドキしないでしょ! してもいいけど!」
「そういう問題じゃない」
「それともなにかしら。わたしに、このダサいナイトブラで一日過ごせって言うの!?」
「見せようとするな。てか好きにしろ」
隙あらばパジャマのボタンを外そうとする愛奈の腕を掴んで止める。愛奈の下着へのこだわりとか、俺には全くわからない。
「見せるものじゃないんだから、別になんだっていいだろ」
「良くないのよ。社会人なんだから身だしなみは大事なの。見えない所もね。というか、悠馬に見せるかもしれないし」
「弟に見せてどうすんだ。身だしなみが大事なのはわかったけど」
「うんうん。ちょっとは理解してくれたようね。ところで……悠馬も、服装のチェックはまだまだみたいね」
愛奈はなにか見つけたように目を細めた。
「なんだよ」
「胸ポケットに、なんか入ってるわよ。そこ、ハンカチとかをお洒落に入れるならいいんだけど、メモ用紙を入れるのはダサいわ」
「……?」
視線を下ろす。確かに胸ポケットに、なにか入っていた。