そこに、ラフィオがなんとか側面から体当たり。フィアイーターは一瞬体をよろけさせて、その上にラフィオが覆いかぶさるようにして動きを止めた。
けど、フィアイーターの目はいまだに俺を見ていた。大きく腕を振ってラフィオを振り払い、今にも俺に突っ込んできそうな雰囲気だ。
やばい。あれに体当たりされたら、俺は死ぬ。大きくへこんだ車と同じ末路を辿る。
逃げないと。
「立って。こっちよ」
女の声がした。あと、背後でガラガラという音も。引き戸を開閉させる音だ。
次に感触。俺を立たせようとする手のもの。大丈夫だ。俺は自分で動ける。
俺が引き戸に背中を打って倒れて、その後に開閉の音がしたなら背後は開いている状態。
触れてきた手を掴み返して、後ろを向いて駆ける。思ったとおり、アルミ板の扉が開いている状態だった。
手を貸してくれたのは、二十代半ばくらいの女。目つきの鋭い、怜悧な印象を受けた。少し長めの流れるようなストレートヘアが目を惹く。
着ているのは、明るい色のスーツ。体型に合わせて作られているのか、ボリュームがある胸を強調しているようにも見える。それなりに値段がするスーツなんだろうな。
背は俺とほぼ同じで、つまり愛奈より高い。
彼女と一緒に建物の中に逃げ込んだ。
なにかの事務所なのだろう。事務机や椅子や、ファイルの敷き詰められた棚なんかが目につく。
外からの来訪者を意識してか、観葉植物なんかも置いてあった。あと、見覚えのある女の等身大パネル。スーツ姿で笑顔を見せている。
誰だっけ、あの人。
十数人分の目が、俺に向いていた。老若男女、服装もバラバラ。
この事務所で働いている人間と言うよりは、怪物が暴れているのを知ってここに避難して来た市民たちなのだと思う。
「フィアアアァァ!!」
そうだ。今はここの観察をしてる場合じゃない。怪物はまだ健在。というか魔法少女が来ない限りは無傷だ。
なんとかラフィオから逃れたフィアイーターが、この事務所に向かって真っ直ぐ突っ込んでくるのが、扉の窓の向こうに見えた。
扉は、さっき俺を立たせてくれた女が閉めていたけど、この扉がフィアイーターを食い止めてくれるとは思わなかった。
「おい! 全員下がれ! 危ないから奥に行け!」
そう叫んでから、俺は部屋の隅に置いてあった観葉植物を手に取る。小さな木という感じで、掴んで持ち上げても鉢植えと土の重さで折れたりしなかった。
直後、フィアイーターが扉に激突。ガラスを撒き散らしながら事務所の中に突っ込んできた。さすがに扉に激突しても影響がないわけではなく、ヤツの動きも一瞬だけ止まった。
その隙に観葉植物を振りかぶり、フィアイーターを思いっきりぶん殴る。今度こそ転倒したフィアイーターに、追撃とばかりに鉢の部分を叩きつけた。
何度も何度も。
「死ね! この! 壊れろ! 壊れろ!」
「フィアアアアア!」
「うわっ!?」
フィアイーターが観葉植物の茎を掴んで握力だけでへし折ったから、俺もこいつとまともに戦うのは無理だと判断して手を離した。
「下がれ!」
ラフィオの声が聞こえる。俺に向けてのものなのはわかる。
逃げろという意味だ。けどそれだけじゃないことを、直後に知ることとなった。
咄嗟に跳び退いた俺と立ち上がったフィアイーターの間に、黄色い影が割り込んだ。
魔法少女シャイニーライナーはフィアイーターに向けて強烈な蹴りを放ち、その体を事務所の外に突き飛ばした。
「お待たせ、悠馬」
「おう」
俺にしか聞こえない小さな声で言ったライナーは、すぐにフィアイーターに向き直った。
事務所の前の車道に放り出されて倒れたフィアイーターは、すぐに起き上がろうと試みたが、その体を光の矢が貫いた。
胴と呼んでいいのかわからないけど、容器のど真ん中に刺さった矢は、フィアイーターと地面を縫い付けるようにして動きを封じた。
続いて、四つある車輪の一つを矢が破壊する。
矢はいずれも、フィアイーターの斜め上から降るように刺さっている。どこかの建物の屋根にハンターが陣取っているんだろうな。
それから、もうひとりの魔法少女も降ってきた。
「セイバー斬り!」
相変わらず、いまいち格好のつかない技名と共に、セイバーが高低差を利用して勢いをつけたままフィアイーターの体を両断。
動けないフィアイーターは、逃げることすらできなかった。
すぐさま再生を始めたフィアイーターだけど、セイバーは何度も剣を振るいその体を切り刻んでいく。
そのうちの一太刀が、コアに当たったのだろう。
フィアイーターは動かなくなって、直後に体が黒い粒子となって消滅していった。
後に残ったのは、壊れた手押し車だけ。さっきのフィアイーターと比べれば常識的な大きさだ。
「ありがとう、姉ちゃん。みんな。助かった」
「いいっていいって。外回りの途中にいきなり連絡が来た時は驚いたけどねー」
「大丈夫なのか、仕事」
「いいの。外回り中にサボるのはいつものことだし」
「いいとは言わないだろ、それ」
「営業職の特権です!」
やめろ。ない胸を張るな。
「わー! ラフィオがおっきい! モフモフさせてありがとう!」
「せめてお礼は返事を聞いてからにしろ!」
「悠馬。わたしは一足先に帰るね。家の近くに置いてきた車椅子が心配だし」
「また明日な」
「わたしも! 営業の仕事に戻ります! では!」
「あの! 魔法少女さん! お話よろしいでしょうか!?」
集まって話している俺たちに、ちょっと遅れてやってきた澁谷とテレビクルーたちが駆け寄ってきた。