フィアイーターが最初に現れたのは、ラフィオが言っていた通り二駅ほど先にある駅前の商店街。けれどそこでひとしきり暴れた後、急に疾走を始めたらしい。
今は車道を爆走中。大まかに言えば、ちょうどこっちに近づいている方向だ。
ただし真っ直ぐにではない。何度も道を折れ曲がり、ジグザグに移動して周りに被害を拡大させながらの爆走をしていた。
「なるほど。キエラも考えたね。一箇所に留まらせておくと、人がみんな逃げだせば恐怖はそれ以上増えない。だからフィアイーターを移動させればいいってことか」
「感心してる場合か」
愛奈たちに、敵の特性を送信。澁谷から、ネットで拾ったと思しき写真が送られてきたから、それも転送。
おばあちゃんが押してそうな手押し車に、両手が生えていた。なるほど、これは爆走しそうな形だ。
フィアイーターになる前はゆっくりとしか移動できなかっただろうに、大した成長だ。
「フィアイーターは人が多い場所で暴れたがるんだよな?」
「え? ああ。そうだろうね」
「住宅街か駅前か。どっちかに行くはずだ」
「駅前だとすれば、家の最寄り駅の隣の駅で僕とぶつかることになるね」
「テレビ局から警告を放送できないかお願いしてみよう」
澁谷に連絡。ちょうど今は、夕方でローカルの情報番組の時間帯だ。
速報を流してもらって、視聴者の中に駅近辺にいそうな知り合いがいれば、注意を呼びかけてもらうようお願いを放送する。
早速了承の返事が来た。けど、それ以上のやりとりはできそうにない。
「見えた! あいつだ!」
思った通り駅前で、さっき写真で見た通りの形のフィアイーターが暴れまわっていた。
フィアイーターになる前の手押し車よりも巨大化しているらしく、身長が成人男性のそれくらいある。両側面から生えている手も、太くて破壊力がありそうだ。
テレビ局は俺が意見するより前に警告を放送していたらしい。既に人はあまりいなくなっていた。
だからフィアイーターは、新しい恐怖を集めるために移動をしようとして。
「させないよ!」
「フィアッ!?」
ラフィオが前に立ちはだかったのを見て、フィアイーターは驚いた様子で止まる。けど、すぐに目を鋭く釣り上げて闘争の意思を見せた。
「ラフィオ。こいつと真正面からぶつかって、力比べできるか?」
「冗談きついね」
周りを見れば、側面から大きくへこんだ車がいくつも転がっていた。ラフィオより硬そうなそれが、フィアイーターの犠牲となった成れの果てなのはよくわかる。
中にいた人が無事なことを祈ろう。
「フィアアアアア!」
「おっと!」
突進をかけてきたフィアイーターに対して、ラフィオはギリギリで横に飛び退いて回避した。そんなラフィオをフィアイーターは、一切追おうとはしなかった。
「フィアァァァ!!」
「あ! おい待て!」
こっちを警戒すれども恐怖はしていない相手に構うよりは、怖がってくれる人間を求めてということか。駅周辺の建物に突っ込もうとした。
ここは駅の周辺部。俺の家の最寄り駅より小さいし駅前もそこまで栄えてはいないし、商店なんかもフィアイーターが暴れている地点の反対側に集中している。
けれどこっちにも、銀行とか郵便局とか、なにかの事務所とかが軒を連ねていて、暴れられれば被害は甚大になりねない。
「おいこら! 待て!」
四つの車輪の力だけで爆走するフィアイーターの脚力はラフィオと同等くらい。
すかさず追いかけたラフィオが、フィアイーターの背中に体当りしてバランスを崩させた。敵を転倒されるには至らなかったけど、なんとか止められた。
「フィアアアァァ!!」
邪魔されたフィアイーターは怒りの声を上げながら二本の腕を振り回す。こいつも太くて、直撃したら無事では済まなそうだ。
ラフィオはわずかに飛のいて回避。その間に、フィアイーターは別の建物に突進をかけていく。
「ああもう! ムカつくやつだ!」
「横から体当たりできないか?」
「無理だ! お互いの速さが互角だから、追いつくのが精いっぱい。横に回り込む暇はない! 悠馬があいつに飛びついて、走るのを邪魔してくれ」
「おいおい無茶言ってくれるな」
「危ないと思ったら飛び降りろ」
「あの速さで走る奴から飛び降りるのも危ないからな!」
けど、他にいいやり方も思いつかなかった。
追いすがるラフィオの上から俺は跳び、フィアイーターの体に掴みかかった。元は手押し車だから、おばあちゃんが掴むための取っ手がある。
巨大化して、老人の小さな手には余るほどの太さになってるけどな。そこにしがみついて、フィアイーターの背中を思いっきり蹴る。
「フィアアアアア!」
「おいおい。暴れるなよ」
「フィアアアアアアアア!!」
「言うこと聞くはずもないか」
俺を振り落とすべく、フィアイーターはさっきにも増して無茶苦茶に動き出した。両腕も必死に振り回して、己の取っ手を払って俺の排除を試みていた。
俺は取っ手から手を離して、手押し車の上部にしがみついた。もちろんフィアイーターもそっちを狙って太い手で叩いてこようとしたから、最早しがみつくのは無理だと悟って手を緩めた。無茶はするべきではないなと後悔しながらだ。
敵も、俺が諦めるタイミングを見計らっていたのだろう。その場で急停止した。
当然、俺は慣性の法則に従ってフィアイーターの上から勢いよく放り出された。
「がはっ!?」
背中に強い衝撃。何かに当たったらしい。近くの建物の壁だろう。そのまま地面に落ちた俺は、フィアイーターがこっちに突進をかけに来るのが見えた。