澁谷が、子供ってかわいいと言いたげに微笑みを向けていた。気まずくなって咳払いして、彼女への素直な感想を述べる。
「澁谷さんは、十分きれいだと思いますよ」
「ふふっ。ありがとう。だったら、足りなかったのは愛嬌かな。それか、偉い人へ媚びる能力だったのかも。悠馬くんはどう思う?」
「さあ」
名前呼びをしたのは、親しさを表すためじゃない。姉と区別するためだ。
あと、そんなことを訊かれても困る。偉い人に媚びる? テレビの世界だと、それが普通なのか?
「でも澁谷さんは、結局アナウンサーになった」
「ええ。東京を諦めて、ローカル局のね。ここはいい会社よ。社員みんないい人。くだらない力関係や権力争いなんかもない。わたしだけが、中央で働けなかった気持ちを燻ぶらせていた」
馬鹿みたいね。澁谷はまた、笑みを見せる。
「でも、あなたたちが現れた。かっこよく悪い奴を倒すヒーロー。憧れないわけがない。だからね、追いかけようと思った。応援したいって。わたしが注目を浴びる、絶好の機会だとも少しは思った。……気分を悪くしたかしら」
「いや、別に」
魔法少女を売名に使おうとする輩は他にも大勢見てきた。知らない動画配信者に、ネットに見受けられる匿名の声。
こうやって対面で話してくれる澁谷は、そんな奴らよりずっと好感が持てる。
「そんな魔法少女が、こんなふうに駄目な人……ううん。完全無欠のヒーローじゃなくて、普通の人だったことが、わたしには嬉しかったの。完璧じゃなくても、ヒーローになれるって」
「そうだな」
愛奈だけじゃない。魔法少女はみんな、完璧じゃない。
ラフィオも、たぶん俺も。
「だったら、こんなわたしでもいいのかなって、自信がついたの。そして、魔法少女の力になれることなら、なんだってしようと決心した。だから、これからもよろしくお願いします」
澁谷がテーブル越しに伸ばした手を、俺はしっかり握り返した。
こんな姉ちゃんでも、世界を守れる。それが誰かを勇気づけられることも、なんとなくわかった。
澁谷と、少し距離が近くなった気がした。気軽に話せる間柄になれたかな。
「テレビ局ってやっぱりお金あるのねー。タクシーで帰らせて貰うなんて」
「そうだな。帰ったら風呂入って、さっさと寝ろよ」
「飲み直していい?」
「駄目だ」
「近くのスーパー、まだ開いてるわよね? お酒買ってきてもいい?」
「それなら悠馬。僕はプリンを買いたいな」
「おいおい……」
取材陣と別れてタクシーに乗って帰宅。
姉ちゃんはずっと酔ってたし、ラフィオはプリンで腹を膨れさせている。
こんなチームで世界を守れるのか? 普通だから良いって澁谷は言ってたけど、駄目すぎるのも考えものだ。
「あの車、ずっと後ろにいますね」
「え?」
ふと、タクシーの運転手が呟いた。
「ずっとですよ。お客さんが乗ってから、同じ車が追いかけて来ています」
市街地からここまで、それなりに距離はある。なのに同じ車がずっと来ている、か。
偶然って思うほど俺も呑気な性格じゃない。けど、相手が何者なのかはわからなかった。
警察が捜査を開始したかもしれない。そんな噂を遥としたのを思い出す。それと関係あるのかな。
答えはわからないまま、タクシーは家に着いた。その車は何事もなかったかのように、タクシーを追い抜いてどこかへ走り去っていった。
翌日の放課後、俺たちはフィアイーターと戦うことになった。
間が空いて、しばらく出てこないと思った矢先にこれだ。なにごともうまくいかないけど、先週のペースと比べればこれくらいが丁度いい。
朝、遥と会って昨日の取材の話をして、謎の車のこと含めて放課後ゆっくり話し合おうと言ってたけど、延期だな。
ちなみに朝はつむぎとも会ってるけど、ラフィオをモフるのに夢中で取材には興味なさそうだった。
つむぎは、これでいいんだ。仕方ない。
そんなことより、今はフィアイーターだ。
「こっちだ。割と距離があるぞ」
「どのくらいだ?」
「……二駅分くらい」
曖昧だけど、ラフィオも感覚でおおよその距離と方向しかわからないのだから仕方ない。出現がわかるだけでも十分だ。
「そうか。運んでくれ。遥は」
「あー。わたし車椅子を一旦家に置いてこないと」
「わかった。先に行ってるぞ。詳しい場所がわかったら連絡する」
「乗れ、悠馬」
巨大化したラフィオに、俺はタオルを顔に巻きながらまたがる。遥も変身して、車椅子を背負って逆方向に跳躍していった。
あれ、不便だよな。どこかで対策しないと。ライナーが現場に遅れるのはつまり、それだけ恐怖を敵に取られてしまうことを意味するし。
最初に、澁谷にフィアイーターの出現を報告。すぐに返事が来た。それから、暴れている場所の詳細も。
彼女を含む何人かのスタッフで、魔法少女取材班が編成されたらしい。すぐに現場に駆けつけられるよう、日夜SNSを監視するのも仕事の一環とのことだ。
お互いの連絡先も交換しているし、なんならGPSでスマホの現在地を伝え合うアプリも導入済。
テレビ局との協力体制で、少しだけ戦いやすくなっている。
そうやって得た情報を、すぐに愛奈たち三人に知らせる。疾走するラフィオの上でスマホを操作するのもだんだん慣れてきた。
「敵の位置だけど、向こうからもこっちに近づいているようだぞ」
「……つまり?」
「敵は高速で移動している」
ラフィオの推測に、俺は再度スマホに目を落とす。澁谷から追加のメッセージが来ていた。