「もちろん、あなたがまともでいられるのは、このメインコアから恐怖を得ているから。人間の世界に送り込まれて恐怖が得られない状態になったら、それを求めて暴れることになるけどね」
「ここは、人間の世界じゃない? わたしの世界には、もう戻れないの?」
「戻れるわ。恐怖が切れる短時間の間なら、人間に紛れて活動もできる。恐怖を摂取すれば、活動時間を延長できる。けど……ごめんなさい。魔法少女には、もうなれないわ。まともな人間じゃなくなったもの」
「そんな……」
「わたしの説明不足よ」
申し訳なさそうに言いながら、キエラの口の端がわずかに吊り上がったのに、ティアラは気づかなかった。
「その代わりにね、ティアラ。あなたの友達になってあげる」
「友、達……?」
その言葉は、とても甘美なものに聞こえた。
「ええ。わたしたち、もう友達よ。そうだ、欲しいものはある? できるだけ手に入れてあげる」
「ミラクルフォース」
「え?」
「ミラクルフォースのアニメが見たいの。どうにかしてくれる?」
「ええ。もちろん」
即答したキエラを見て、ティアラは今が人生の絶頂にあると確信した。
魔法少女への憧れはある。魔法少女の敵である怪物を作れるキエラの立場も、なんとなくわかった。
けど構わない。それ以上に幸せなものを手に入れたのだから。
「向こうのテレビなら、魔法の鏡で見ることができるはずよ。あの家まで来て」
「ええ」
キエラが差し出した手を掴んで、小屋へ向かっていく。
その拍子に、いつの間にかポケットから出ていた物が、ヒラヒラと地面に落ちていく。
宝物にしていた、何年か前のミラクルフォースのシールだ。フィアイーターにやられた時の衝撃で、折れ目がついて血で汚れていた。
「あ……」
「いいじゃない。そんなもの。新しいの、いくらでも持ってきてあげるわ。人間の世界からね」
キエラに言われて、ティアラはシールを拾いかけた手を止めた。
そっか。そうだよね。今はキエラがいるんだもん。こんなもの、もういらない。
宝物だったシールを地面に落としたまま、ティアラは小屋へ向かっていった。
――――
澁谷に動画を送った翌日には、昼のローカル番組でその件が扱われたらしい。
俺は当然授業中だったわけでリアルタイムには見れてないけれど、どうやら要求は通ったようだ。
テレビもふもふは魔法少女シャイニーフォースたちを応援します。そして正体究明のための取材は行いません。
当の澁谷が生放送で言い切ったらしい。もちろん、上の了承あってことだろう。
その日の夜には、テレビもふもふの上にあたる、東京に社屋を構えるキー局が全国放送のニュースで動画を扱っていた。
他の局も、なんとか後追いでこの件を放送し始めた。スタンスはバラバラだけど。
中には、正体を探りに来る局もいるだろうな。メディアはテレビだけじゃない。写真週刊誌とかもメディアだし、そんな奴らが俺たちに遠慮するとは思わなかった。
放送された映像はまたたく間にネット上に拡散し、転載が繰り返されて動画投稿者たちのアクセス数稼ぎに使われた。
浅ましい光景だけど、こちらの主張がある程度広まるならばいいだろう。転載するなって抗議できる立場でもないし。
そして当然、取材の申込みが来た。アカウントにダイレクトメッセージ。ちなみに澁谷ではなく、もっと上の人らしい。
テレビもふもふの報道部門の、かなりトップに近い人。
というわけで、動画送信から二日経った日の夜、俺と愛奈とラフィオは指定された場所に向かった。
市街地にある居酒屋の個室だった。誰にも見られることなく話すことができる。
そういえば昨日も今日も、結局フィアイーターの出現はなかったな。ラフィオいわく、キエラが諦めるのはありえないから、どこかで必ず動くとのことだ。
それよりも、今は取材だ。
こちらの顔は世間に明かさないという条件だけど、取材班にはさすがに見せないといけない。
あと、不信感を抱かれないようにしないと。
俺は学校から帰った後に一旦私服に着替えて市街地に向かう。愛奈は会社から直接行くらしい。
「あれよね。音声は加工して放送していますって出てくるやつよね!?」
「楽しそうだな、姉ちゃん」
「まあね! テレビの取材なんて初めてだし!」
「呑気だな……」
珍しい経験だし、気持ちはわかるけど。でも、これからの局面を決める大事な会合なんだぞ。
「初めまして。わたくしこういう者です」
目の前のテレビスタッフに、愛奈はきれいなお辞儀をしながら名刺を渡した。
会社帰りのスーツ姿なのもあって、随分と様になっている。ちゃんとした会社員みたいだ。
「これはどうもご丁寧に。本当に社会人なんですね。映像を見た人から、そうではないかとの意見は多かったのですけれど」
名刺を受け取った澁谷が、そんな風に返した。
「あー。巨乳だ……」
「こら。気持ちを顔に出さない」
テレビ映えするというか、アナウンサーにそういう面を期待する男たちの視線を集めるだろう、澁谷の大きめの胸を見て愛奈は嫌そうな顔をした。俺に言われてすぐに表情を引き締めたけど。