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2-8.澁谷梓

「もちろん、あなたがまともでいられるのは、このメインコアから恐怖を得ているから。人間の世界に送り込まれて恐怖が得られない状態になったら、それを求めて暴れることになるけどね」

「ここは、人間の世界じゃない? わたしの世界には、もう戻れないの?」

「戻れるわ。恐怖が切れる短時間の間なら、人間に紛れて活動もできる。恐怖を摂取すれば、活動時間を延長できる。けど……ごめんなさい。魔法少女には、もうなれないわ。まともな人間じゃなくなったもの」

「そんな……」

「わたしの説明不足よ」


 申し訳なさそうに言いながら、キエラの口の端がわずかに吊り上がったのに、ティアラは気づかなかった。


「その代わりにね、ティアラ。あなたの友達になってあげる」

「友、達……?」


 その言葉は、とても甘美なものに聞こえた。


「ええ。わたしたち、もう友達よ。そうだ、欲しいものはある? できるだけ手に入れてあげる」

「ミラクルフォース」

「え?」

「ミラクルフォースのアニメが見たいの。どうにかしてくれる?」

「ええ。もちろん」



 即答したキエラを見て、ティアラは今が人生の絶頂にあると確信した。

 魔法少女への憧れはある。魔法少女の敵である怪物を作れるキエラの立場も、なんとなくわかった。


 けど構わない。それ以上に幸せなものを手に入れたのだから。


「向こうのテレビなら、魔法の鏡で見ることができるはずよ。あの家まで来て」

「ええ」


 キエラが差し出した手を掴んで、小屋へ向かっていく。

 その拍子に、いつの間にかポケットから出ていた物が、ヒラヒラと地面に落ちていく。


 宝物にしていた、何年か前のミラクルフォースのシールだ。フィアイーターにやられた時の衝撃で、折れ目がついて血で汚れていた。


「あ……」

「いいじゃない。そんなもの。新しいの、いくらでも持ってきてあげるわ。人間の世界からね」


 キエラに言われて、ティアラはシールを拾いかけた手を止めた。


 そっか。そうだよね。今はキエラがいるんだもん。こんなもの、もういらない。


 宝物だったシールを地面に落としたまま、ティアラは小屋へ向かっていった。



――――



 澁谷に動画を送った翌日には、昼のローカル番組でその件が扱われたらしい。

 俺は当然授業中だったわけでリアルタイムには見れてないけれど、どうやら要求は通ったようだ。


 テレビもふもふは魔法少女シャイニーフォースたちを応援します。そして正体究明のための取材は行いません。

 当の澁谷が生放送で言い切ったらしい。もちろん、上の了承あってことだろう。


 その日の夜には、テレビもふもふの上にあたる、東京に社屋を構えるキー局が全国放送のニュースで動画を扱っていた。

 他の局も、なんとか後追いでこの件を放送し始めた。スタンスはバラバラだけど。

 中には、正体を探りに来る局もいるだろうな。メディアはテレビだけじゃない。写真週刊誌とかもメディアだし、そんな奴らが俺たちに遠慮するとは思わなかった。


 放送された映像はまたたく間にネット上に拡散し、転載が繰り返されて動画投稿者たちのアクセス数稼ぎに使われた。

 浅ましい光景だけど、こちらの主張がある程度広まるならばいいだろう。転載するなって抗議できる立場でもないし。


 そして当然、取材の申込みが来た。アカウントにダイレクトメッセージ。ちなみに澁谷ではなく、もっと上の人らしい。

 テレビもふもふの報道部門の、かなりトップに近い人。



 というわけで、動画送信から二日経った日の夜、俺と愛奈とラフィオは指定された場所に向かった。


 市街地にある居酒屋の個室だった。誰にも見られることなく話すことができる。

 そういえば昨日も今日も、結局フィアイーターの出現はなかったな。ラフィオいわく、キエラが諦めるのはありえないから、どこかで必ず動くとのことだ。


 それよりも、今は取材だ。


 こちらの顔は世間に明かさないという条件だけど、取材班にはさすがに見せないといけない。

 あと、不信感を抱かれないようにしないと。

 俺は学校から帰った後に一旦私服に着替えて市街地に向かう。愛奈は会社から直接行くらしい。


「あれよね。音声は加工して放送していますって出てくるやつよね!?」

「楽しそうだな、姉ちゃん」

「まあね! テレビの取材なんて初めてだし!」

「呑気だな……」


 珍しい経験だし、気持ちはわかるけど。でも、これからの局面を決める大事な会合なんだぞ。


「初めまして。わたくしこういう者です」


 目の前のテレビスタッフに、愛奈はきれいなお辞儀をしながら名刺を渡した。

 会社帰りのスーツ姿なのもあって、随分と様になっている。ちゃんとした会社員みたいだ。


「これはどうもご丁寧に。本当に社会人なんですね。映像を見た人から、そうではないかとの意見は多かったのですけれど」


 名刺を受け取った澁谷が、そんな風に返した。


「あー。巨乳だ……」

「こら。気持ちを顔に出さない」


 テレビ映えするというか、アナウンサーにそういう面を期待する男たちの視線を集めるだろう、澁谷の大きめの胸を見て愛奈は嫌そうな顔をした。俺に言われてすぐに表情を引き締めたけど。

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