「アカウント作ったよ。澁谷アナのアカウント、フォローしておいた。アイコンとかどうする?」
「ありがとな。魔法少女のアカウントなのは対外的には秘密にしたいし、アイコンは無関係なやつにしようか」
「ネットで猫のフリー素材見つけたから、これ使おっか。アカウント名は……モフモフ大好きとかで」
「モフモフ!?」
「隙あり!」
「ひゃははっ!? もー! ラフィオやめてくすぐったいよー!」
今日のラフィオは、つむぎに勝てたらしい。
遥の作ったアカウントから、澁谷のアカウントにメッセージを送る。さっき撮った動画と、俺たちの要求。
魔法少女の正体をそちらから探らず、わかったとしても公表しないこと。魔法少女のことを好意的に報道すること。見返りとして、御社に独占取材の権利を与えたい。
アナウンサー個人で決められることじゃないから、ディレクターなりプロデューサーなりと話してくれ。
「御社と弊社、どっちが相手の会社だっけ。というかこれ、ビジネス文書的に合ってるのかな?」
「俺も自信ない。御社で合ってるのは知ってるけど。なあ姉ちゃん、ちょっと文面見てくれ」
「ういー。飲み足りない」
この姉は駄目だ。
「いいや。送っちゃえ。えい!」
遥が勢いよく送信ボタンを押す。いつも立ててる親指で。
あとは返事待ち。アナウンサーの仕事がどれだけ忙しいか知らないし、いつ返ってくるかわからない。
「あ、来た」
「早いな」
『ちょっと上と相談します! 待っててください! だから他の局に持っていったりしないでね! 連絡ありがとうございます! 応援してます!』
そんな文面がスマホに表示されていた。慌てて打ったのだろうな。
「とりあえず、感触は良さそうだね」
「ああ。ちゃんと食いついてきた。ここからが肝心なんだけどな」
「あはは! もー! ラフィオやめてってばー!」
「僕がいつもモフられてる気持ちがわかったか!?」
「わかんない!」
「こちょこちょ」
「うひゃー」
「うえー。飲みすぎた……悠馬……水……」
遥と話しながら他のみんなに目を向ければ、自由な空間が広がっていた。
「こんなのに、世界の命運が託されてるなんてな。マスコミには絶対に知られちゃいけない」
「頼れるのはわたしだけだね!」
「……そうかもな」
得意げな顔で親指を立ててみせる遥。こいつはこいつで問題あるけど、頼れるのは確かだ。
「もう遅いし、そろそろ帰ったほうがいいんじゃないか? 送るぞ」
「うん。ありがとう。さっきのアカウント、悠馬のスマホからもログインできるようにするからね」
「わかった」
遥を家まで送ってから、つむぎも隣の家に帰す。ちょうど彼女の母親も帰宅した頃で、玄関先でばったり会って少しだけ立ち話。
家に戻るとラフィオが疲れた顔で夕飯の洗い物をしている。姉ちゃんは机に突っ伏したまま。酔いを覚ませてから風呂に入れて、早く寝かさないとな。明日も仕事があるんだし。
平和だ。平和な一日だった。今日はフィアイーターも出なかったし。
――――
ずっと、まどろみの中にいた。眠っていたわけじゃない。ちゃんと起きているけど、気分がフワフワしてはっきりしない。そんな状態から、急に抜け出した。
ティアラは自分が、知らない場所にいると気づいた。
知らないけれど、きれいな場所だった。あたり一面に青々とした草原が広がっている。所々に、見たことがない花が咲いていた。それに、まばらに木が生えている。あと、丸太小屋が一軒だけぽつんと建っていた。
空は抜けるような青。雲ひとつなく、太陽も見当たらなかった。けど、晴れているのは明らか。
太陽もないのに暖かく、快適な気温。
なんて心地良い世界なんだろう。理想的な環境。
まるで誰かが、そうなるように意図的に作り上げたような心地よさだった。
そんな世界に、ひとつだけ異質なものがあった。
地面から十メートルほど離れた場所に浮いている、黒い石。表面は光沢があって光を反射していて、石自体も微かに発光しているようだった。
あの石に、ティアラは見覚えがあった。あれよりずっと小さいけれど、瓶に入っていた。
キエラから渡されたあれを、ティラノサウルスの玩具に埋め込んで。それで、それで。
「あれ? わたし、なんでここに」
「あなたはね、死んだのよ」
背後から声が聞こえて、慌てて振り返った。
小学生の高学年くらいの少女がいた。初めて見た顔なのに、ティアラは彼女が誰かを知っていた。
「キエラ?」
「正解。この格好でもわかってくれて、嬉しいわ。こっちに来て」
キエラはティアラの手を引いて、浮いている石の方へ歩いていく。石に近づくにつれて、心地よい気分になってきた。
「あなたはね、死んだのよ」
「え?」
「自分が作り出した怪物、フィアイーターから逃げなかったから。だからティアラの死体にコアを埋め込んで、怪物にして生き返らせた」
「怪物? わ、わたし……が?」
「ええ。今のティアラは怪物。もっとも、意志がある人間から作ったから、生前の記憶や性格なんかはある程度引き継いでいるわ」
「あ……ああ……怪物……。ああ、そうなんだ……」
キエラが恐ろしいことを言っている。
けどなぜか。その恐ろしさが、同時に心地よさにも思えてきた。