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2-7.エデルード世界

「アカウント作ったよ。澁谷アナのアカウント、フォローしておいた。アイコンとかどうする?」

「ありがとな。魔法少女のアカウントなのは対外的には秘密にしたいし、アイコンは無関係なやつにしようか」

「ネットで猫のフリー素材見つけたから、これ使おっか。アカウント名は……モフモフ大好きとかで」

「モフモフ!?」

「隙あり!」

「ひゃははっ!? もー! ラフィオやめてくすぐったいよー!」


 今日のラフィオは、つむぎに勝てたらしい。


 遥の作ったアカウントから、澁谷のアカウントにメッセージを送る。さっき撮った動画と、俺たちの要求。


 魔法少女の正体をそちらから探らず、わかったとしても公表しないこと。魔法少女のことを好意的に報道すること。見返りとして、御社に独占取材の権利を与えたい。

 アナウンサー個人で決められることじゃないから、ディレクターなりプロデューサーなりと話してくれ。


「御社と弊社、どっちが相手の会社だっけ。というかこれ、ビジネス文書的に合ってるのかな?」

「俺も自信ない。御社で合ってるのは知ってるけど。なあ姉ちゃん、ちょっと文面見てくれ」

「ういー。飲み足りない」


 この姉は駄目だ。


「いいや。送っちゃえ。えい!」


 遥が勢いよく送信ボタンを押す。いつも立ててる親指で。

 あとは返事待ち。アナウンサーの仕事がどれだけ忙しいか知らないし、いつ返ってくるかわからない。


「あ、来た」

「早いな」


『ちょっと上と相談します! 待っててください! だから他の局に持っていったりしないでね! 連絡ありがとうございます! 応援してます!』


 そんな文面がスマホに表示されていた。慌てて打ったのだろうな。


「とりあえず、感触は良さそうだね」

「ああ。ちゃんと食いついてきた。ここからが肝心なんだけどな」

「あはは! もー! ラフィオやめてってばー!」

「僕がいつもモフられてる気持ちがわかったか!?」

「わかんない!」

「こちょこちょ」

「うひゃー」

「うえー。飲みすぎた……悠馬……水……」


 遥と話しながら他のみんなに目を向ければ、自由な空間が広がっていた。


「こんなのに、世界の命運が託されてるなんてな。マスコミには絶対に知られちゃいけない」

「頼れるのはわたしだけだね!」

「……そうかもな」


 得意げな顔で親指を立ててみせる遥。こいつはこいつで問題あるけど、頼れるのは確かだ。


「もう遅いし、そろそろ帰ったほうがいいんじゃないか? 送るぞ」

「うん。ありがとう。さっきのアカウント、悠馬のスマホからもログインできるようにするからね」

「わかった」


 遥を家まで送ってから、つむぎも隣の家に帰す。ちょうど彼女の母親も帰宅した頃で、玄関先でばったり会って少しだけ立ち話。


 家に戻るとラフィオが疲れた顔で夕飯の洗い物をしている。姉ちゃんは机に突っ伏したまま。酔いを覚ませてから風呂に入れて、早く寝かさないとな。明日も仕事があるんだし。


 平和だ。平和な一日だった。今日はフィアイーターも出なかったし。



――――



 ずっと、まどろみの中にいた。眠っていたわけじゃない。ちゃんと起きているけど、気分がフワフワしてはっきりしない。そんな状態から、急に抜け出した。


 ティアラは自分が、知らない場所にいると気づいた。


 知らないけれど、きれいな場所だった。あたり一面に青々とした草原が広がっている。所々に、見たことがない花が咲いていた。それに、まばらに木が生えている。あと、丸太小屋が一軒だけぽつんと建っていた。

 空は抜けるような青。雲ひとつなく、太陽も見当たらなかった。けど、晴れているのは明らか。

 太陽もないのに暖かく、快適な気温。


 なんて心地良い世界なんだろう。理想的な環境。


 まるで誰かが、そうなるように意図的に作り上げたような心地よさだった。


 そんな世界に、ひとつだけ異質なものがあった。

 地面から十メートルほど離れた場所に浮いている、黒い石。表面は光沢があって光を反射していて、石自体も微かに発光しているようだった。


 あの石に、ティアラは見覚えがあった。あれよりずっと小さいけれど、瓶に入っていた。


 キエラから渡されたあれを、ティラノサウルスの玩具に埋め込んで。それで、それで。


「あれ? わたし、なんでここに」

「あなたはね、死んだのよ」


 背後から声が聞こえて、慌てて振り返った。

 小学生の高学年くらいの少女がいた。初めて見た顔なのに、ティアラは彼女が誰かを知っていた。


「キエラ?」

「正解。この格好でもわかってくれて、嬉しいわ。こっちに来て」


 キエラはティアラの手を引いて、浮いている石の方へ歩いていく。石に近づくにつれて、心地よい気分になってきた。


「あなたはね、死んだのよ」

「え?」

「自分が作り出した怪物、フィアイーターから逃げなかったから。だからティアラの死体にコアを埋め込んで、怪物にして生き返らせた」

「怪物? わ、わたし……が?」

「ええ。今のティアラは怪物。もっとも、意志がある人間から作ったから、生前の記憶や性格なんかはある程度引き継いでいるわ」

「あ……ああ……怪物……。ああ、そうなんだ……」


 キエラが恐ろしいことを言っている。


 けどなぜか。その恐ろしさが、同時に心地よさにも思えてきた。

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