「なるほどねー。大貫市長か。そういえば選挙行ったわねー」
五人で夕食を食べながら、俺は愛奈とつむぎに改めて事情を話した。
「うちの会社にも訪問してきたわ、市長。投票お願いしますって。地元の工業系の会社ひとつひとつに足を運んでるらしいわ。票は足で稼ぐってね」
「どんな人だった?」
「さあ。外面は良かったけど、わたしああいう政治家好きじゃないし」
「好きな政治家はいるのか?」
「いません! 政治家とかあれでしょ? なんか中身のない格好いいこと言ってたら、周りがちやほやしてお金が儲かる仕事でしょ! 羨ましいから嫌いです!」
そして愛奈は無い胸を張る。
権力をどう牽制するかを考えてる時にあれだけど、さすがに愛奈の言い分は政治家を馬鹿にしすぎてる。
あの人たちも、もう少し忙しく毎日頑張ってると思うぞ。SNSに掲げたスローガンは、たしかに中身がないけど。
「まあわたしも、成人だし投票は行ったけどね。正直市長のひととなりとか、よくわかりません!」
「ああ、参考にならない意見をありがとう」
「それで、その市長と対立してる候補が澁谷さんだっけ?」
「雑賀さんだ。澁谷梓は、政治家じゃなくてアナウンサーな。あと雑賀さんも市議会議員で、市長の対立候補じゃない」
「そんなこと言われても! 急に名前がたくさん出てきても覚えられないし! せめて名前に肩書をつけて話してください!」
「はいはい……」
大貫市長が魔法少女の正体を探っていて、雑賀議員が反対している。雑賀議員の存在はありがたいけど、どこまで信頼できるかわからないから、とりあえずメディア向けに声明を出そうと考えたわけだ。
犯行声明じゃなくてな。
「なるほどねー。ちなみに悠馬、なにを喋るかは事前に決めてある? 原稿は用意してる?」
「え? いや。とりあえず動画を撮らないとって思って」
「駄目よ。テレビで流してもらうんでしょ? 言いたいことだけ長々と話しても、相手は聞いてくれないわ。テレビは特に、秒単位で構成を決めてるんだから、手短にまとめないと放送してくれないわ」
「おおう……」
愛奈が突然、的確なアドバイスをしてきたから面食らってしまった。ラフィオも遥も同様らしい。
つむぎだけは、いつラフィオの体を掴むかと狙いを定めていた。
「急にどうしたんだ」
「どうしたって。いつも仕事で考えてることよ。顧客が必要な商品を提案する時、長々と話すよりは一言でバシッと心を掴む方が成功しやすいの。細かい説明は、その後でいいわ。そうじゃなきゃ営業の仕事はできない」
「お姉さんの仕事、営業なんですか!? 一番できなさそうな仕事なのに!」
「お姉さん言うな」
「仕事できなそうよりも、そっちの方が言い返すのが優先なんですね。ところで、なんの営業ですか?」
「簡単に言うと、ドリルね」
「ドリルですか? 昔のヒーローものとかに出てくる、地面を掘り進んでいくマシンについてる三角形のやつ?」
「ああいう地底戦車は、実際作っても使えないのよ。それとは違う、穴を開けるための道具よ」
「……ホームセンターで売ってる電動ドリルですか?」
「似たようなものね。うちで扱ってるのは家庭用じゃなくて、工場とかの製造現場のやつ。ボール盤とかで使うやつ。知らないわよね。板に物を固定して、上から回転するドリルを降ろして穴を開けるの。ドリルの形とか経も色々あってね」
「一言でバシッとはどうした」
「ああう。やっちゃった……」
長々と説明し始めた愛奈の言葉を打ち切る。
愛奈の仕事も大事だけど、今は動画撮影だ。
「ラフィオ。とりあえず伝えたいことは、俺たちが人類の味方で敵が異世界から来ていること。俺たちの正体を探るのは困るということと、みんなに希望を持って恐怖に打ち勝ってほしいことの四点だよな?」
「そうだ。そのこと、簡潔に伝えるように話そう」
「動画を編集してテロップを入れてもいいな。姉ちゃん、なんか簡単に使える動画編集ソフトを探してくれ。それから、別途説明用のスライドを作ってくれ」
「えー。なんでそんな。帰ってからも仕事みたいなことしなきゃいけないのよ。てか、わたしって外回りがメインの営業だし、資料作る機会そんなにないのよ」
「作れないわけじゃないだろ。やってくれ」
「ふぁーい」
「遥は連絡用のアカウントを作ってくれ。撮影役はつむぎ、頼む」
「終わったら大っきなラフィオモフモフしていい?」
「ああ。いいぞ」
「よくない!」
いつもの騒がしさで撮影を始めたけど、あらかじめ話すべきことをまとめていたら、思ったよりもスムーズに進んだ。
あとは編集作業。テレビ局に送ったら、向こうでそれなりに親切に見やすくしてくれると、希望的観測をしてもいいのだけど。それと。
「仕事なんてやってられるかー! 酒だー! 酒持ってこーい!」
パソコンに向かいながらビールを飲んでる愛奈が作った、誤字だらけのスライドの修正もしないと。
これはテレビ局向けの説明資料だし、多少完成度が低くてもいいか。足りない分は、言葉で説明しよう。
「ラフィオー! モフモフさせて!」
「お断りだ! 絶対に嫌だ!」
撮影が終わった途端に、つむぎはラフィオに飛びかかったし、ラフィオも人間態に変身してこれを受け止めた。
腕と腕の掴み合いで、一進一退の熱戦が繰り広げられている。ラフィオの方が腕力は上だけど、一瞬でも油断すれば首をくすぐられて妖精に戻ってしまうから。
「なんで男の子の格好になるの!?」
「嫌かい?」
「このラフィオもかっこよくて好きだけど! わたしはモフモフしたいの!」
「させないからな! くすぐり返してやる!」
「わひゃー!?」
楽しそうだなあ。