目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
2-3.模布市

 生徒たちがいつものように学校の敷地に入っていき、校門の傍らには生徒指導の先生が睨みを利かせている。

 あと数年で定年になるおっさんの先生は、大して厳しい校則もないこの学校の規律を守るべく日夜努力している。ちなみに最近孫ができたらしく、家では溺愛している姿が見られるらしい。

 まさか、この先生が報道陣を追い出したとも思えない。


 いいことなんだけど、釈然としないまま俺たちはクラスに向かった。


「ねえ知ってる? あれだけいたテレビの人たち、警察がみんな追い払ったんだって!」


 クラスに着くなり、女子のひとりが遥に話しかけるのを聞いた。

 あれだけいたっていうのが先週のやつなのか、それとも朝早くには大量にいたってことなのかは俺にはわからない。


「警察? どういうこと?」

「わたしも噂でしか知らないんだけどね。テレビの人が集まってたのを、警察が追い払ったらしいよ!」


 さっきから情報が一切増えてない。なんなら噂でしか知らないって付け足されて、不確定さが増したぞ。


「えー。すごいすごい! でもなんでなんだろ」


 遥は気にすることなく、内容がない報告に相槌をうつ。これが遥なりのコミュニケーション術なのかな。


「噂なんだけどさ、警察が本格的に、この学校を調べるつもりらしいよ。だから邪魔だからテレビは追い払ったの」


 追い払った三回目だよ。けど、ようやく新しい情報が出てきた。


「えー。なにそれ。やばくない?」

「やばいよねー!」

「やばいやばい。それで、警察がわたしたちに話しを聞きに来るとか、そういう感じなの?」

「わからないけど、そうらしいよ!」

「そっかー。やばいね!」

「うん!」


 駄目だ。後半はやばいとしか言ってない。あと、こいつの言うこと全部噂だぞ。


「だってさ悠馬。やばいね」

「何がだよ」


 噂好きのクラスメイトが離れていって、俺は遥を席まで押していく。


 同性のクラスメイトと話している時は、俺に話を向けなかった。声の調子とかも、ちょっと違う。


 遥なりに気を遣ってくれたんだと思う。俺を、やばいしか出てこない内容の薄い会話に巻き込まないとか。

 やばいが、まだ遥の口に残ってるけどな。


「わたしたち、警察の捜査対象だよ」

「だろうな」


 あれだけ派手に暴れて、死者も出ている案件だ。遅かれ早かれ権力が動く時は来るはず。

 実際にどういう権力なのかはわからない。警察だと漠然と思ってるけど、具体的にどういう部所なんだろう。


「まっちゃんの言ってたことは噂だけどさ、信憑性はあるよね。テレビが来てなかったのは本当だし」


 あの子のあだ名を、今知った。本名は知ってるぞ。松下さんだ。

 いやそれより。


「信憑性か。そうだな」

「やっぱりあれかな。警察の一番偉い人が来るのかな? 警視総監?」

「そこが直接動きはしないだろ。人が死んでるし、こういう時はやっぱり殺人扱いで捜査一課とかが担当になると思う……わからないけど」

「それかあれだよ。フィアイーターに対処するには強い武器が必要だ! って感じで、自衛隊が来るんだよ」

「自衛隊は警察じゃないからな」


 マスコミを追い払う権限があるかも、俺は知らない。ありそうな気はするけど。


「あと公安とか、東京地検特捜部とかが動く?」

「ここは東京じゃないからな」


 ちょっと離れた、政令指定都市だ。それなりに大きな街ではあるけど、東京の検察が動くとは思えない。

 俺も東京地検特捜部がどんなものか、よく知らないんだけど。


「あはは。なんか関係ありそうな所を思いつくまま言ってみました!」

「だろうな」

「実際どうなるかなんて、わかんないよね。もし警察に、あなたが魔法少女ですねって言われたら、頑張って誤魔化すしかないね。それか正直に言うか」


 この車椅子の少女は先日テレビカメラの前で、自分が魔法少女だと堂々と言い切った。

 もちろん真に受ける者はいなかった。本当のことなのに。


 警察にも同じ手を使って、こいつは魔法少女ではないって思わせることはできるのかな。


「とりあえずやってみよう! 本当にバレちゃったら、その時はその時だよ!」


 さすが、前向きな馬鹿だ。


「悠馬。ちょっと見てほしいものがある」


 ラフィオが鞄から話しかけながら、スマホの画面を見せた。

 ネットのニュース速報記事だ。見出しに「模布市市長が緊急記者会見開く」と書いてあった。



 模布もふ市。中部地方に位置する政令指定都市で、この県の県庁所在地。それから俺たちの住んでいる、この街のことでもある。

 人口二百五十万人。古くから交通及び海運の要所として栄えてきた街で、今でも東海道新幹線と国道一号線が通っていて、南部の海岸線には立派な貿易港が存在。

 それから沿岸部には大規模な工業地帯が広がっていて、大小さまざまな工場や町工場が建っていて、この国の物作りを支えている。

 ちなみに愛奈も、この工業地帯に関わる仕事をしている。


 そこの市長が記者会見か。


『先週から相次いだ正体不明の生物による一連の事件で、市民の皆様は多大な不安を抱いていることかと思われます。残念ながら、複数名の死者が出る事態となっており、彼らには深い哀悼の意を表すると共に、未だ事件の実態が不明である現状を鑑みて――』


 昼休み。スマホの画面の中で市長が話しているのを、俺と遥とラフィオで覗き込む。


 場所は、校舎の外の一角。あまり人が来ないところ。昨日の宣言どおり遥が俺の弁当を持ってきてくれたから、一緒に食べながらだ。

 ラフィオは購買で買ってきたプリンを頬張っている。小さな体なら、この程度で十分腹が満たされるらしい。


 記者会見は午前中に行われていて、今見てるのはテレビ局が撮った映像。


 長ったらしい市長の話をまとめると、こうだ。市民の不安を解消するために、今回の事件の真相を徹底的に調査する。まずは魔法少女と呼ばれる集団の素性を調べることから。

 市議会からの承認は既に得ているとも言っていた。市議会議員のほとんど全員が、市長の方針に賛成したという。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?