「あの女、キエラは僕の恋人として作られた。いや違うな。僕があの女の恋人として作られた」
俺たちの前で、ラフィオは少し言いづらそうに語り始めた。
あの後も少しだけ大変だった。ショッピングセンターの人気のない片隅で変身解除してから、俺は遥に肩を貸しながら車椅子のある場所に戻った。
避難時の混乱から、車椅子は誰かに回収されることなくその場に置いてあった。
それは問題なかったのだけど。
「ねえ。あの男の子、さっきの覆面男じゃない?」
「ほんとだー。服似てる」
「声かけなよ。ファンなんでしょ?」
「えー。でもー」
なんか不穏な言葉が聞こえたから、俺は急いで遥を押して逃げ出して帰宅した。
制服じゃなくても正体に繋がりかねないのか。どうすればいいんだ。というか俺のファンってなんだ。
覆面男の正体バレについての対策は後回しにして、ラフィオの話を聞くことに。
そして、思ってもみない事実を明かされた。
「作られた?」
「そうだよ。神様が世界の始まりの女としてキエラを作った。その後つがいとして、神とキエラが交わって僕を作った」
「ちょっと待て。意味がわからない」
「そうかい? この世界でも知られた、似た話があるじゃないか。アダムとイブだよ。男女は逆転してるけどね。男の肋骨から女が生まれるよりは、女が僕を生む方がありえる話じゃないかい?」
「そうか。……そうなのか?」
納得しかけたけど、やっぱ現実感がない。けどラフィオが嘘をついているようにも見えなかった。
「君たちの世界が、本当にそんな成り立ちで作られたとは思っていない。けど僕の世界はそうなんだよ」
「神ってなんだ?」
「わからない。キエラと僕の頭の中に直接、一度指示を出しただけだ。それ以来、なんの音沙汰もない。キエラの方は、まだ神を知っているのだろうけど」
詳しく聞いたことはない。ラフィオはそう言って顔を伏せた。
後悔しているのだろう。
思ってたより壮大なことを聞かされた。神だなんて。
「驚くほどのことじゃないさ。異世界から来た妖精が目の前にいるんだ。同じノリで神くらいいるさ。それに、君たちの楽しんでいる魔法少女の物語にも、神様は珍しくないだろう?」
「それは……そうかもしれないけど」
「ミラクルフォースでも、奇跡を起こす力は神様っぽいキャラがくれることは多かったわね」
かつて女児だった愛奈が、女児アニメの情報を伝えてくれる。そういうものと受け入れるしかないか。
それよりも。
「存在を全く現してくれない神なんか、今はどうでもいい。問題はキエラだ」
「ねえラフィオ。キエラってつまり、ラフィオのお母さんなの?」
つむぎは一切驚いていないようだった。というか、キエラの素性の方が知りたい様子。
「そうだよ。同時に、僕の恋人であり妻になることを神に決められた相手だ。神が僕たちに指示したのはふたつ。キエラと僕とで世界の支配種を作れ。次に、世界の形を作れ」
全ての人類はアダムとイブから生まれた。
同じことをラフィオとキエラは命じられた。それはわかる。
けど、世界の形とは。
「新しい世界がどんなものか、僕たちが決めて作っていいってさ。魔法を使えばなんでも作れる。どんな自然があるのか。文明はどのようなものか。どんな神話があるか。どんな獣がいるか。支配者たちはどんな進化を遂げて今の形になった、ということになるか」
ラフィオは自分の世界を、科学は発展していない一方で人の数は少なく、静かで争いがないと前に説明していた。
なるほど嘘じゃないな。文明が作られる前で、人に相当する生物がふたりしかいないのだから。
「進化をしてどうなるか決めるって、どういうことだ」
「いずれは僕の世界も、神話より科学で世界を説明することになるだろうからね。神が僕たちを作ったと言うよりも、単細胞生物が進化していったことにした方が後世の支配者たちも納得する。案外、この世界の形だって誰かが決めてそう作ったのかもね」
「怖い話をするな」
人間は進化して人間になったんだよ。神話が現実じゃなくて。
「参考として、他の世界の様子を見る手段を与えられた。この世界のことも、僕はその時に知ったんだ。そして魅力にとりつかれた」
「魅力。どんなところに?」
この世界を褒められたというのは、悪い気はしない。
ラフィオは、小さな体で堂々と俺の問いかけに答えた。
「自由恋愛が許されているところだ」
「……?」
思ってもみなかった答えだ。
「この世界の全ての人間、文化がそうではないのは知っている。けど、この国に関してはそうだ。結ばれる相手は自分で決めていい。誰かに用意された相手じゃない。失敗したとしても、好きな相手に好意を伝えられる」
「たとえば、神様に決められた人を妻にしろ、と言われない世界ってことかな?」
遥に問われて、ラフィオはしっかりと頷いた。
「この世界の人間模様と、恋愛を描いた物語に僕は強く惹かれたんだ」
ああ。こいつ、恋愛映画やドラマが好きって言ってたよな。
「反面、僕は不自由だ。キエラしか相手がいない。そして僕は、彼女が好きではない。君と子は作れないと、ある日はっきりと口にした」
「おお。ラフィオ男らしいね!」
「でも、そのおかげで大変なことになったのよね?」
「ああ。僕がこの世界に執心していたのは、キエラも知っていたからね。滅ぼしてやると言った。キエラを止められなかったから、魔法少女のシステムを作ってこの世界にやってきた」
そこから先は、俺たちの知る通り。
「すまないと思っている。結局のところこれは、僕のわがままから始まった戦いだ。それにキエラの言う通り、僕があそこに戻れば彼女は地球を攻めるのをやめるかもしれない」
そう語るラフィオの声は沈んでいた。俯いていて表情はよく見えないけど、想像はできる。
「キエラと、どうしても恋人になれなかった。けどそれは僕の問題だ。そのせいでこの世界に大きな迷惑をかけてしまっていること、申し訳ないって」
「大丈夫だよ! ラフィオ!」
「!?」
つむぎの大きな声に、ラフィオは思わず顔をあげた。とても驚いた顔をしていた。