俺の疑問にキエラは答えない。その代わりに、ティアラの方に向き直った。
「わたしの恋人はラフィオ以外にありえないけど、それでもひとりは寂しい。だから友達が欲しかったの。それか共犯者」
キエラはどこからともなく、コアを取り出した。フィアイーターになる前のものだとは、すぐにわかった。
なにかの物体とコアを合わせれば、この街に流れる魔力を吸ってフィアイーターになる。
それをキエラは、ティアラの体に押し付けた。
「やめろ! 人間をフィアイーターにしても」
「うまく動かない? そうよ。けど、死体なら事情は違う。昨日放ったカラスのフィアイーターは、殺してから作ったの。物を考えない物体なら、その形の性質だけ受け継いだフィアイーターができる」
殺した。キエラは悪びれずに言った。
「それに、今から作るのは戦うためのものじゃない特別製。コアも、少し変わったものを使うわ」
コアを埋め込まれたティアラの体は、ガクガクと強く痙攣し始めた。
フィアイーターの誕生を目にしながら、誰も動けず攻撃ができなかった。
人間のフィアイーターと戦うことに、躊躇があったから。
「わたしの世界で、友達として一緒に暮らしたいなって。だから連れて行くわ。あそこの世界には恐怖が貯められているから」
そして、キエラは、虚空に黒い穴を作り出した。どうやってかはわからない。
フィアイーターになったらしいティアラが、ゆっくりと立ち上がった。意識があるのかどうか怪しい、ぼーっとした表情。
キエラは、そんなティアラの頭の上に飛び乗った。ティアラに手を出せない俺たちの心理を読んで、彼女を盾にするように。
「それが、友達か?」
「ええ。生き返ったばかりで、意識の薄い状態。けど、覚醒したら、ちゃんと会話もできる友達になるの」
そして、ふたりは穴の中に入っていく。
「また会いましょう、ラフィオ。もし、あなたがわたしの世界に帰ってくるのなら、戦う必要なんかなくなるわ」
「断る」
「そう。あくまで、この世界のために戦うのね。けど、そんな意味あるのかしら。周りを見て。この惨状を」
「お前が作り出したものだ」
「そうよ。魔法少女がどれだけ頑張っても、後手である以上は被害は出る。誰かは死ぬ。怪我をする。大切な物が壊れる。そして人間は、その悲しみと怒りをあなたたちに向ける。なんでもっと頑張らないんだって。もっと早く来ないんだって。……そんな無茶を言う人間に、守る価値なんかあるかしら」
「それは」
答えられないラフィオに笑いかけてから、穴の中に完全に消えた。その穴も、すぐに閉じて何もなくなった。
「わたしも動けなかったから、これを言うのもなんだけどさ。追いかけなくてよかったのかな」
ライナーに尋ねられても、俺はすぐに返事はできなかった。
こういう時に、一番最初に立ち直れるのは。
「ねえ!! ラフィオ!! 恋人ってどういうことかな!?」
「ああああ! やめろ! おいこら! やめろってば!?」
「説明してよ!」
「するから! 説明するから離せ!」
ハンターとラフィオの声で、ようやく俺たちはいつもの調子に戻った。
説明してもらわなきゃな。それには。
「みんな。さっさと帰るわよ。ここにも人がそろそろも戻ってくるから」
セイバーの声。そうだよな。早く帰ろう。
人が戻ってきて囲まれたくない。人と顔を合わせる気分じゃないし。それは面倒だからなのもあるけど、さっきあの女が言ってたことも気がかりだし。
責められるのかな。俺たちは、人間に。
たぶんそれは事実でもあるのだろう。同時に杞憂でもあった。
「ご覧ください! 週末の一時を恐怖に陥れた怪物は、魔法少女の手によって消え去りました!」
声が聞こえた。知っている声だった。
目を向ければ、テレビ局のアナウンサーがマイクとカメラに向けて話しているところだった。
昨日、俺たちが助けたアナウンサーだった。彼女を囲むカメラや他のクルーも見覚えがあった。
「この街の平和は、魔法少女たちの手によって再び守られました! わたしは、市民を代表して感謝の意を表明します! ありがとうございました!」
その声を拾うマイクは、ここではなくスタジオや放送の電波に乗っているのだろう。けどアナウンサーの肉声は俺たちや、その他駆けつけてきた野次馬にも届いていた。
彼らが大きな拍手をする。ありがとうとか、よく頑張ったとか、そんな声も聞こえてきた。
「ラフィオ」
「うん」
「お前の作った魔法少女、非難されてばかりじゃないみたいだぞ。人間、思ってたより悪くないだろ?」
「うん……うん! 帰るぞ、悠馬。これからのことを話そう」
ハンターの腕から抜け出したラフィオは巨大化した。すぐに俺とハンターが飛び乗る。
「ちょっ!? わたし、また走って帰らなきゃいけないの!?」
「頑張れ、姉ちゃん」
「ねえ。わたし車椅子置いてきたままだよ。回収しなきゃ」
「あー。どうしような。どこか目立たない場所で変身を解こう。それから回収だな」
怪物から逃げる途中で放棄してしまったとか、言い訳はなんとかできるだろう。
「あの! 魔法少女さん! お話伺ってもいいでしょうか!?」
「うおっ!?」
アナウンサーがこちらに駆け寄ってきた。
「すいません。もう帰らないと」
「少しだけ! せめて、皆様をなんと呼べばいいかを聞かせてください!」
「なんと呼べば?」
魔法少女は魔法少女だけど、独自の呼び方があったほうがいい。けど、どうしようかな。
ラフィオを見下ろすけど、困った顔で振り返った。考えてなかったのか。
じゃあ、そうだな。
めちゃくちゃになった玩具売り場に、さっき見ていたテレビの魔法少女の玩具のパッケージが転がっているのが見えた。
「魔法少女シャイニーフォースだ」
「おおっ!」
アナウンサーは満足げな笑みを見せた。魔法少女たちも、依存はなさそうだった。
直後に、ラフィオはアナウンサーやカメラマンの上を飛び越えるように跳躍。セイバーとライナーも走り出した。
駆けつけてきた群衆たちの声援を背に、俺たちは走り去る。どこで変装を解くべきかな。
「ねえ悠馬! もしかしたら車椅子、ここの店員さんに回収されてるかも!」
「あ、ああ。そうだな」
「もしそうだったら、誰かに聞かないとねー。ねえ悠馬、彼女の車椅子がどっかに行ったから探してくださいって、聞いてくれる?」
「なにが彼女よ! 嘘はよくないわよ!」
「ふふん。お姉さんには、なんでわたしたちの尾行をしてたか教えてもらわないといけませんねー」
「そんなの! 不純異性交遊を止めるために決まってるでしょ!」
「しませんから! てか、なんの権利があってお姉さんが邪魔するんですか!?」
「姉だからです! 保護者だからです!」
「ずるいです!」
「ねえラフィオ! あいつが恋人ってどういうことなの!? 説明してよ!」
「するって言ってるだろ! 帰ったらな!」
「説明してよー!」
「人の話を聞け! あと、なんでお前がそんなに怒るんだ!?」
ああ、賑やかだな。賑やかで、平和だな。
俺たちはこれでいいんだよな。世界が脅かされていても、この調子で守れる。馬鹿みたいな日常の延長線のノリで、守っていける。
なんだか、自然と笑みが浮かんできた。