ラフィオは、俺とセイバーが飛び乗るのを見ると、フィアイーターの側面に真っ直ぐ突っ込んでいく。
「ライナー! そいつの注意を引き続けろ! ハンターはキャノン砲を向こうに向けてくれ! セイバー、剣に光を集めててくれ」
ライナーは俺の声を聞いて、一瞬だけこっちに親指を立てて見せ、それからフィアイーターに渾身の回し蹴りを放った。
彼女の足に噛みつこうと大口を開けているフィアイーターの下顎に、光る足が激突。
ハンターは俺たちと同じ側の側面に立ってたけど、ひらりと跳躍して反対側に降り立つ。その途中で砲身を掴んで向きを思いっきり変えた。
天井の照明はキャノン砲によっていくつかは破壊されていたけど、光を集めるには問題なさそうだった。
ラフィオにまたがりながら、セイバーは戦争の英雄が先陣を切るかのごとく剣を掲げる。
俺の前に座っている姉の背中は、かっこよかった。
「悠馬いくぞ!」
ラフィオがフィアイーターの側面に体当たりする瞬間、俺も立ち上がってそいつの横腹を思いっきり蹴った。
巨体がぐらりと揺れる。それにタイミングを合わせてライナーも再度敵の顔面に回し蹴り。
ハンターは長いだけの筒と化した砲身を引っ張った。バランスが崩れると見るや、つっかえないように砲身を勢いよく戻した。
そして完全に、フィアイーターが横転した。
「姉ちゃん!」
「ええ! みんな! 暴れないように押さえてて!」
光る剣をフィアイーターの腹部に刺し、切り裂く。痛みを感じているのか、フィアイーターは大きくもがいた。
「みんな押さえろ!」
「やっている! こいつ力があるから大変なんだよ!」
ラフィオがフィアイーターの太い両足にしがみついて、なんとか動きを止めていた。ライナーも下顎を執拗に蹴り続けている。ハンターの姿がみえないけど、尻尾を掴んでいるのだろう。
フィアイーターの腕が小さくて、脅威にならなくて良かった。
ティラノサウルスの手が体に比べてあれだけ小さい理由を考えたことがなかったけど、今だけは感謝の気持ちが溢れてくる。
「ねえ悠馬! コアが見つからない! あと傷が塞がっていく!」
「ああくそ。押さえてるから探せ!」
敵も、コアをやられると死ぬとわかっているのだろう。自動修復の能力をそこに優先しているらしい。
ぱっくりと割れている切り傷の端から塞がっていくのを、俺は強引に掴んで広げた。塞がるのを止めるどころか、逆に裂け目を広げる勢いで。
そしてフィアイーターの中の暗黒の空間を見る。コアはどこだ?
「あった! 取り出すからセイバーはすぐに斬ってくれ!」
「わ、わかったわ! 気をつけてね!」
微かに光る物を見つけて、俺はすぐに手を伸ばす。
そんなに遠くにはなかった。手が届いたから、迷わず掴んだ。
瞬間、俺の中に何か冷たいものが流れ込んできた。体を芯から凍らせるような、なにか。
これが恐怖だと、すぐにわかった。死への恐怖。痛みへの恐怖。フィアイーターは恐怖を求めて暴れる。そして恐怖は、コアを通じて敵の本丸に送られる。
その恐怖が、俺の中に流れ込んできた。本来は人間が持つべきものだから、触れた人間の方へ行く。
一瞬だけ、動きが止まった。コアに触れ続けたくないという、漠然とした恐怖が俺を包み込んだ。
ほんの一瞬だけだった。
なんで怖いのかわからないものを、怖がってたまるか。それに俺には魔法少女が、姉ちゃんがついている。
なにが怖いものか。
「姉ちゃん! 斬れ!」
「ええ! セイバー斬り!」
俺が掴んだコアを、セイバーの剣の切っ先が正確に斬り裂いた。
コアはすぐに消滅。フィアイーターも動きを止めて、黒い粒子となりながら元の小さなラジコンへと戻っていく。
フィアイーターが受けた傷をそのまま表しているかのように、腹部が大きく割れて背中の砲も折れていた。
頭部を蹴り続けていたライナーは、急に目標が消えて空振りして、転倒しかけてなんとか持ちこたえる。
「やっぱ、足があるっていいなー。バランスがとりやすい」
「ねえねえ。わたしたち勝ったの? 勝ったんだよね! わーいラフィオー!」
「抱きつくな! おい! やめろ! 来るな!」
ハンターに飛びつかれたラフィオは、すかさず小さくなって彼女の手からすり抜けた。まあ、逃げられたのはほんの一瞬の間だけだろうけど。
「みんな呑気なものねー。強敵に勝てたから、はしゃぐのはわかるけど」
「ああ。被害は割と甚大だな」
周りを見る。あたりには壁や天井の破片や、商品だった物の残骸が散乱していた。
フィアイーターが現れた時点で、こうなることは仕方ない。変身を人に見られないためには、人がいなくなるまで待つか隠れるかしないといけない。
けど、どうにか早く駆けつけられなかったのかとか、そんな疑念も頭をよぎる。
倒れている人の姿もいくつか見受けられた。生死はわからない。
彼らの治療は俺たちの仕事ではないし、それが仕事の人たちの邪魔しないようにさっさと逃げるべき。
けどひとりだけ、見逃せない奴がいた。さっき見た服装の女。日野ティアラだ。
壁際にもたれかかるように倒れていた彼女の服には、おびただしい量の血。手足も完全に折れ曲がっていた。
さっき見かけたのに。声をかけていれば、フィアイーターの被害から逃れられたかもしれない。そんな後悔が頭をよぎり、駆け寄ろうとして。
「あら。この女を助ける気? 魔法少女の仲間が? フィアイーターを生み出した張本人を?」
知らない女の声がした。
気がつけば、ティアラの前に少女がひとり立っていた。
小学生くらい。というか、ラフィオやつむぎと同じくらいの年齢に見える。かわいらしい顔には邪悪な笑みが浮かんでいて、長い髪を揺らしながら首を傾げて奇妙な問いかけをした。
フィアイーターを生み出した? ティアラが?
「キエラ、だね?」
気がつけば魔法少女たちも、その少女や向こう側にいるティアラに対峙していた。ハンターの手に抱えられているラフィオが、静かに言った。
キエラ。それが少女の名前なのだろうか。尋ねられた彼女は頷き、その場で軽く跳んだ。
少女の体が、妖精の姿に変わる。ラフィオそっくりだ。体毛は微かにピンクかかっていて、顔つきも女の子っぽいけれど間違いない。
こいつはラフィオの同族。そしておそらく。
「ラフィオ。こいつがお前の、友人か?」
「ああ。そうだ」
「友人!? ああっ! なんてことを!」
ラフィオの受け答えを聞いて、キエラは大げさに反応した。嘆くような。あるいは馬鹿にするような。
「友人。ただの友人! なによ。ラフィオにとっては、わたしはそんなものだったの!? それに、そんなに女の子ばかり仲間に引き入れて! わたしというものがあるのに! あるのに!」
小さな体で、その場で地団駄を踏むように手で床をバンバンと叩く。
けど、すぐに落ち着いた。
「ラフィオ。また、わたしと一緒に暮らさない? わたし、ひとりぼっちは嫌なの」
「断る。置き去りにしたのは悪いと思っているけど、君とは一緒になれない」
「ひどい人。神に逆らってまで、自分を通そうとするなんて。たったひとりの恋人を捨てるなんて」
神? 恋人? こいつは何を言っている?