周りから悲鳴が聞こえた。
怪物が出たぞ。逃げろ。あの女が怪物を作った。
そう。わたしが作ったの。魔法少女になるために。
「来て。早く。魔法少女さん、来て」
混乱の中、姫輝は期待に満ちた声と共に周囲を見回し、魔法少女の姿を探す。
「落ち着いて! 落ち着いて避難してください!」
店員の声。慌てて逃げる客たちの誘導のために、必死に声を張り上げていた。
ふと、その店員と目が合った。
瞬間、姫輝に憎しみの表情を見せた。
自分の店に怪物が現れた怒りを、姫輝にぶつけていた。
なんで怒るんだろう。
わたしはもうすぐ魔法少女になるのに。そして、怪物を倒す魔法少女に感謝するはずなのに。
「フィアアアアア!」
背後から、怪物の声がした。振り返ると、ティラノサウルスのロボットが大暴れしていた。
長い尻尾を振り回し、自分が入っていたのと同じ箱棚から落として踏み潰す。それから棚に体当りして、倒した。
「フィアアァァァ!」
再び咆哮。そしてロボットの背中から、なにかがせり上がってくるのが見えた。黒い筒のようだった。
大砲だと、姫輝は 直感した。それが正確になんという名前なのかは知らないけど、そこから弾丸が飛び出て来るのは正しかった。
轟音。実際に筒から赤く光る弾が次々に発射され、天井や周りの棚を破壊していく。
姫輝を責めていた男も、悲鳴を上げながら逃げていった。
すごい。これなら、魔法少女たちはすぐに来てくれる。来たら、早速お願いしよう。わたしも魔法少女にしてくださいって。
「フィアアァァァァ!」
「え……?」
怪物は姫輝を認識して、そちらの方に尻尾を振った。
なんで? 怪物って、作った人は襲わないんじゃないの?
キエラはそんなことを言っていない。姫輝が勝手にそう思っていただけ。
次の瞬間には、尻尾が姫輝の胸部を直撃。肋骨を大量に折りながら、彼女の体は玩具売り場の宙を舞い、壁に激突。
四肢は残らず折れた。その痛みに悲鳴をあげようとしたけど、できなかった。代わりにどす黒い血がこみ上げてきて、口から吐き出されて床を汚す。
なおも暴れ続ける怪物を見ながら、姫輝は意識を手放していった。
――――
「もー。悠馬ってば本当に似合ってるって思ってたのー?」
「思ってる思ってる。本当に可愛かった」
「そっかー。じゃあ次のデートの時は、これ着なきゃね!」
「次もあるのか」
「もちろん! ちゃんとやります!」
「そうか。わかった」
さっきの服屋で、俺が素直に褒めたことに遥は上機嫌になってくれた。
試着した服をしっかり買って、買い物袋は俺に持たせている。本人は車椅子押さなきゃいけないから、それは仕方ないな。
断じて、荷物持ちをやらされているわけではない。
「じゃあ、次は悠馬の番だね!」
「本当に買うのか、俺も」
「もちろん! 悠馬もかっこよくしちゃうから……」
あたりが騒がしいことに、遥が気づいたらしい。
休日のショッピングセンターは騒がしいものだけど、種類が違う。悲鳴や叫び声や逃げ惑う人々の足音。
あと、銃声みたいな音。腹に響くような重い音が連続して聞こえた。
「こっちだ」
「うおっと!?」
フィアイーターが出たのはわかった。敵がどんな奴かは知らないし、さっきの銃声が能力だとしたら安易に近づくのはまずい。
だから一旦隠れて様子を見ようと判断して、車椅子を押して物陰に隠れた。
変身してもらうにしても、一旦他の避難客をやり過ごして人のいない状態にしないといけないし。あと監視カメラにも注意しないと。
俺も鞄からタオルを出して、顔を隠す準備をする。あとは姉ちゃんたちに連絡かな。
「悠馬!」
「え? 姉ちゃん?」
「そうお姉ちゃんです!」
連絡する前から、なぜか愛奈が来た。つむぎとラフィオも一緒だった。
「世界一頼りになるお姉ちゃんが、敵を倒しに来ましたよ!」
「それは嬉しいけど、なんでここにいるんだよ」
「お姉ちゃんだからです! この子よりもわたしの方が頼りになるって示したいからです!」
「いや、答えになってない」
「愛奈はね、君たちのデートをずっと監視していたんだよ。一線を越えないようにね」
「ちょっと!? ラフィオ何言ってるのかな!?」
「お姉さん、それ本当ですか? というか一線って、わたしたちが何すると思ってたんですか!?」
「お姉さん言わないで! ほら、なんか手とか繋いだりするかもって!」
「手くらい繋いでやりますよ! いくらでも!」
「ねえラフィオ! わたしたちも手、繋ぎたい!」
「お前は手どころか全身掴んでるだろうが!」
「フィアアアアア!」
「おい! 変身して戦うぞ!」
こんな状況なのに仲良く喧嘩してる魔法少女と妖精を叱りつける。
あと、フィアイーターの咆哮が近づいてきている。腹に響く、銃声みたいな音もだ。
正しくは銃声ではないと、敵の姿を視認して明らかになった。
ロボットのティラノサウルスの背中から生えている、キャノン砲だった。
メタルレックスのラジコンからできたフィアイーター。CMでスポンジ弾を撃てると強調していた武器が、フィアイーターになることで立派な殺戮兵器となってしまった。
「フィアアアアア!」
キャノン砲が火を吹いて、売り場の天井に大穴を開けた。
悲鳴は上がらなかった。客はみんな避難済のようだ。
「よし、みんな変身するわよ!」
「なんでお姉さんが指示するんですか」
「ラフィオも大きいモフモフになって!」
「なってほしいなら、まずは手を離せ!」
「こいつらは……」
俺もタオルを顔に巻きながら、呑気そうなみんなに呆れた声を出す。