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1-49.ティアラが作る怪物

 取り残された俺は気まずくなった。


 女向けの店の中にひとり立っている。他の客も店員も女ばかり。商品を見て時間を過ごすわけにもいかない。周りを見ても女ものの服しかない。なんだこの空間は。

 周りに俺はどう見えているんだ。この時間をどう過ごせばいいのか。


 なにか助けになるものはないかと探す。

 店の外に、知った顔を見つけた。今日は私服だけど間違いない。日野……ええっと、ティラアだ。


 ここになんの用事だろう。魔法少女が現れるのを期待して外出だろうか。妙にこだわってたもんな。


 他人じゃないし、話しかけてみようかと一瞬だけ考えたけど、やめた。

 あの子は俺が魔法少女の関係者だと知っている。そして魔法少女になりたがっている。しかも、ものすごく強く願っている。

 関わると面倒なことになりそうだった。


 それに、今は遥とのデートの途中だ。俺にそんな気はなくても、遥にとってはデートなんだよな。

 その最中に、他の女の子に話しかけるのは良くない。

 服飾にも料理にも気が利かない俺だけど、それくらいはわかった。


「あの。なにかお探しでしょうか」

「うわっ!? いえ、付き添いで来ただけで。試着が終わるのを待ってるだけです。……友人の」


 外をフラフラと歩くティアラの姿を、向こうから見つからないように隠れて伺う俺は、傍から見れば随分な不審者だろう。

 女性店員が声をかけてきた。服屋で話しかける店員っていうのは、不審者対応の意味もあるのだろうか。


 俺の答えに店員は納得してくれた様子を見せて、去っていった。それから彼女は、遥が入っていった試着室に声をかけながら覗いた。

 俺と一緒にいた見覚えがあるのか、それとも俺のことなど既に意識から外れて、試着室の前に停められた車椅子に興味を示したのか。手助けする必要があるかもとかの配慮で。


 その直後、試着室から遥が出てきた。


「ねえ悠馬! この格好どう思う!?」

「店員が引いてるだろ。静かにしろ」

「はーい。それでどう?」

「似合ってる。……普段と違う遥だから、最初はちょっと戸惑ったけど、いいな。可愛いぞ」


 女の子の服装を褒めるなんて、俺にそんな高度な真似は俺にはできない。だから、そんなことしか言えなかったのだけど。


「そ、そっか。うん。かわいい、よね。かわいい……ふふっ」


 遥は思っていたより嬉しそうな反応を見せた。

 日野ティアラのことは、意識からすっかりなくなっていた。



――――



 姫輝ティアラはフラフラと歩き回る。最初に怪物が出た駅と、その近くにあるショッピングセンター。


 怪物を作る場所はそのどちらかにすべきだと最初に考えて、駅よりも怪物にしやすい物が多そうなショッピングセンターにした。

 それに人も多い。魔法少女たちの戦いを見る目がたくさん。もちろん、姫輝の変身を目にする者も。


 魔法少女って正体は隠さないといけないんだっけ。でもいいよね。わたしだけは、魔法少女なことを公表しても。

 だって、その方が目立つし。人気もでるし。それに、わたしの人生がようやく良い方向に向かうし。


 定期入れから出したミラクルフォースのシールを見つめながら、姫輝は思い描いていた。大勢の人間が自分に注目して、ちやほやする光景を。

 味方がたくさんできて、大嫌いな母親を酷いって非難してくれて、そして人気者になって、新しい家を用意してくれて。


 そこでは、みんながわたしに優しくしてくれる。ミラクルフォースをどれだけ見ても誰も怒らない。


 そんな理想の生活のためにも、怪物を作らないといけなかった。


 何から作ろうかな。強そうなものから作るべき。具体的になにかは、考えていなかった。

 だから、専門店街の普段行く一角に、自然と足が向かっていった。玩具店のテナント。


 最初に向かったのは、やはりミラクルフォース。

 現行作品の主人公の、青い女の子が決め顔でポーズを取っているポップや、変身アイテムや人形なんかが目に入った。

 ミラクルシャーク。宣伝のおかげで、この子の名前は知っている。どんな活躍をしてるかは知らない。テレビが見れないから。


 この子を怪物にできないかな。一瞬考えて、やめた。わたしはこの子と同じ魔法少女になるのに。魔法少女を怪物にするなんて、姫輝の心が許さなかった。

 それに、きっと魔法少女たちも、ミラクルフォースとは戦いたくないはず。同じ魔法少女なんだから。


 姫輝は、自分のイメージを魔法少女たちに押し付けて、勝手にその心中を推し量っていた。それが正しいと思い込んでいた。


 そうだ。男の子の向けの作品の何かを怪物にしよう。それだったら、魔法少女たちもそんなに嫌がらないだろう。姫輝の足はそちらに向かっていく。

 なんだかわからない形の武器を持ったヒーロー。変身したら巨大化するヒーロー。そんな人形が、いくつも並んでいる。これにしようかな。


 そんな時、姫輝の目に大きな箱が映った。

 ロボット怪獣らしい。「メタルレックス」という文字が勇ましいロゴとして自己主張していた。

 ラジコンらしい。電動で、動いたり目が光ったり鳴いたり。そんな玩具。


 これにしよう。


 決めた瞬間、姫輝はなんの躊躇もなく箱に触れて、バリバリと破く。店員らしい者の制止の声が聞こえたけど、知ったことではなかった。

 これは、わたしが魔法少女になるための重要な仕事なのだから。邪魔しないで。あなたは、好きなだけミラクルフォースを見れるじゃなない。あなたは、わたしよりも魔法少女に関わってないじゃない。

 箱の中のロボットの恐竜に、瓶から取り出したコアを埋め込む。すぐさま、コアから黒い粒子が大量に吹き出して周囲に拡散していった。


 闇が、姫輝の周りを覆い尽くした。

 世界から光が消えたような感覚。それは、ほんの一瞬のことだった。


 闇がロボットに向けて収束していき、その代わりにロボットは姫輝の手の中で大きくなっていく。すぐに持てなくなるほどの大きさになって、姫輝は手放してしまった。

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