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1-46.キエラとティアラ

 日曜日の朝は憂鬱な時間。テレビをつけさえすればミラクルフォースが見れるのに、見れないなんて。


 電源の入ってないテレビを見たくないから、姫輝はいつも外に出ることにしている。

 行くあてがあるわけでもない。近所を歩き回るだけ。


 だいたい、歩いて行ける範囲の、駅前のショッピングセンターに足を運ぶことになるかな。そして暗い時間になったら帰る。昼食も食べてないからお腹が空いた頃、母が冷凍食品だけの夕食を用意している。

 おいしいけどね。手料理なんて、食べた記憶がない。


「あなたも大変ね。不幸だと思うわ」


 キエラを肩に乗せて、近所の公園のベンチに座っておしゃべり。こうしていると、なんだか魔法少女になった気分だ。

 自分の境遇を話すと、キエラは深く頷いて同情してくれた。

 こんな優しい言葉をかけてくれる相手は、今までいなかった。だから嬉しかった。


「宝物、見せてあげます」


 姫輝は財布を開けて、定期券の裏に挟まっている小さなシールをキエラに見せた。


 何年も前、母と一緒にスーパーに買い物に行ったことがあった。

 その時に、必死にねだって買ってもらったグミのおまけのシールだ。

 どういう子なのかは知らないけど、ミラクルフォースのキャラが微笑みながらポーズをとっていた。


 何年も前に一話だけ見た回と、このシールだけが、姫輝のミラクルフォースに関する情報の全て。ずっとそうだった。


 けど今は違う。現実に魔法少女が現れた。姫路は誰より、魔法少女と強い接触を持っていた。そして今も。


「なるほどね。あなた、強い情熱を持ってるのはわかったわ」

「はい! あの、魔法少女になれますか?」

「わからない。わたしはラフィオじゃないから」

「そうですか。あなたは、えっと、ラフィオの……」

「友人。ラフィオはそう言うでしょうね。本当は少し違うのだけど」


 クスクスとキエラは笑った。


「ラフィオを追いかけて、この世界に来たの」

「手助けに、ですか?」

「ええ。そんなところよ。……魔法少女になりたいなら、ラフィオにお願いするしかないわね」

「どうすればいいですか?」

「心を込めてお願いするしかない。あと、万全の用意をするとかね」

「用意?」

「心の準備よ。あらかじめ、どうお願いするかをちゃんと考えておく。そうすれば、きっと気持ちは伝わるわ」

「なるほど……でも、いざあの人たちを前にすると、何を言えばいいのかわからなくなって」

「ええ。魔法少女が現れるのは突然。フィアイーターが現れるのもね。でも心配ないわ。魔法少女が来ることがあらかじめわかっていれば、緊張することはない」

「そんなこと、どうやって」

「これを使うの」


 キエラは、どこからか小さな瓶を取り出した。

 中には、宝石のようなものが入っていた。黒い色で、けどかすかに光を発していた。


「コアって呼んでるの。これを何かに強く埋め込むの。そうすれば、怪物が出来上がる」

「怪物が!?」

「ええ。怪物。魔法少女とラフィオが血相変えて飛んでくる怪物よ」

「そんな……でも、怪物を作るなんて」

「大丈夫。そんなに怖いものじゃないわ。ちょっと暴れるだけの、かわいいものよ。ねえティアラ、それで魔法少女と会えるって考えたら、そんなに悪い話じゃないと思うけど」

「それは……」


 気持ちが揺らいだ。魔法少女と敵対する怪物を作り出すなんて、彼女たちに憧れ応援してる立場からすれば、ありえない。


 けど、魔法少女にまた会える。それに。


「ラフィオにちゃんとお願いすれば、あなたも魔法少女にしてもらえるかもしれないわ」

「わたしが、今度こそ魔法少女に……」

「ええ。きっとなれる」


 だったらやらないと。魔法少女になる希望に抗えなかった。


 大丈夫。これは純粋な、願いの気持ち。悪いことなんかしていない。


 気がつけば姫輝は、キエラがコアと呼んだ物が入った瓶を握りしめていた。


「ふふっ。わたしたち、いい関係になれそうね」


 キエラはそう言って、怪しく笑った。



――――



「ところで悠馬。今日のご予定は?」


 朝食の後、俺は遥とキッチンで洗い物をしていた。


 この家のキッチン担当になったはずのラフィオは、つむぎに捕まっている。ワイワイ楽しそうな声が聞こえていた。

 つむぎの両親は、今日も仕事なんだろう。寂しいんだな。子守も立派な妖精の仕事だ。


 ちなみに愛奈は、なんとか寝ようと部屋に戻っていった。


「予定は特にない。家で過ごすだけ」

「よし悠馬、デート行こっか」

「デート?」

「ほら、前に服買いに行こうって言って、できなかったじゃん? だから今日こそやろうかなって」


 フィアイーターの襲撃と、その後の学校への報道陣の殺到。制服で出歩くのが危険だったら、私服で行くしかない。


「あー。そうだな。行くか」

「やったー!」

「というか遥、最初から俺を誘うつもりだったのか?」

「まあねー。そのために、少しお洒落してきました!」


 片方しかない足を軸にして壁を押し、その場で器用にターンする。短いスカートがひらりと舞って、俺は咄嗟に目を逸した。

 なんでまた、服装にそんなに気合いを入れるんだ。


「ちゃんと見てよー。悠馬には、わたしのかわいい格好を見てほしいから!」

「そ、そうか」

「あれー? 照れてる? 制服とは違うわたしの魅力にやられちゃいましたか? 惚れたっていいんだよ?」

「うるさい。ほら、さっさと洗い物終えて、行くぞ」

「はーい」


 そこからの遥の動きは早かった。普段から洗い物もやってるんだろうな。手慣れてる。

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