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1-44.遥の作る朝ごはん

 そんなことより、俺は朝食を作らないと。なんにしよう。米は炊いてるかな。それに醤油とソースをかけて、醤油ソース丼。これだ。

 そう考えていると、スマホが再度通知音を鳴らした。


 遥からのメッセージだった。


『おはよ! 今から行ってもいい?』

『いいけど、なんだ?』

『朝ごはん作ろうかなって』


 朝ごはん?


 少ししてから、チャイムが鳴った。

 車椅子に乗った私服姿の遥。淡い暖色系で揃えたコーデで、制服と同じように丈の短めのスカートで片方がない足を見せていた。


「悠馬の家ってなんとなく、休みの日も朝からロクなもの食べてないイメージだったから。来ちゃいました!」

「失礼な。俺なりに作ろうとしてたぞ」


 醤油ソース丼を。


「それに、ラフィオもいるし。まだ、こっちに来たばかりでご飯作るのも慣れてないかなって思って。わたしに任せてよ」


 松葉杖で家に上がる遥の手には買物袋が提げられていた。


「あ、遥さんおはようございます!」

「遥! 助けてくれ! こいつをなんとかしてくれ!」

「ふたりともおはよー。キッチン借りるね」


 ラフィオの悲痛な叫びは届かず、つむぎに握られたまま。


 テレビでは、青い魔法少女が怪物と戦っているところだった。

 ミラクルシャークだったか。据わった目をしながら敵の首を掴んで、壁に何度も叩きつけてから、無骨なナイフを取り出して目に刺して中を抉ろうとしていた。

 思ったよりアグレッシブな戦い方するんだな、ミラクルフォースって。


 やがてミラクルフォースはヒロインたちがダンスをするエンディングと共に終わった。

 続けてトンファー仮面なるヒーローものが始まる。最近の仮面シリーズは全然知らないのだけど、今はこういうのか。


 トンファーとは、棒に垂直な持ち手のついたふたつ一組みの武器。これを駆使して戦うヒーローらしい。


『トンファーマシンガン!』


 と思ってたら、トンファー仮面はトンファーを二丁拳銃のように持ち、そこから弾丸が連続で発射された。

 敵の雑魚戦闘員らしいキャラが蜂の巣になり、体を痙攣させながら倒れていく。


『トンファーパンチ!』


 トンファー仮面は、まだ息がある倒れた戦闘員に馬乗りになり、マウントポジションから連続してパンチを浴びせる。

 いやトンファー使えよ。こっちはこっちで過激な戦いしてる。


 子供の人気を得るには、これくらいやらなきゃ駄目なんだろうか。


 そうこうしているうちに、キッチンからいい匂いが漂ってきた。

 遥の様子が気になって、そっちに行った。片足立ちで器用に料理していた。壁やカウンターにもたれかかったり松葉杖に体を預けたりしながら、手際よく進めていく。


「すごいな」


 思わず漏れた声に遥が気づき、俺に笑顔を向けた。


「すごいでしょ。車椅子生活だからって何も出来ないのは駄目かなって思って、お母さんの手伝いを色々してみることにしたの」

「それで料理も得意になったのか」

「キッチンって、もたれたり掴む場所が結構あるから、やりやすいんだよね。さすがに、初めてのキッチンでやるのは慣れてないから、気をつけないといけないけど。家だともっと早く動けるよ」

「マジか。すごいな。というか、キッチンってそんなにやりやすいのか?」

「狭いからねー。ああでも、火を使う時とかは気をつけないとね。あと包丁も」


 そうは言うけど、まな板の上には既に刻まれたネギがあった。


「これ、お鍋の中に入れて。あと卵焼き作るから支えてほしいな」

「支えるって、肩でも掴めばいいのか?」

「それでもいいけど、腕の動きとぶつかっちゃうから、脇腹の方がいいかな」

「そ、そうか。そういうものか?」


 理屈はわかるぞ。わかるけどな。


「遠慮しないで」

「わかった。じゃあ失礼して……」


 遥のお腹を両手で掴む。出るところは出てる体型だけど、お腹は陸上部時代から変わらず引き締まっていた。


「優しく触れてくれるのは嬉しいけど、それだとくすぐったいだけだよね。もっと、しっかり掴んでくれていいよ?」

「そんなこと言われても」

「遠慮せずに」

「するだろ」

「もう少し強めに」

「はいはい」


 ほんの少しだけ、力を入れる。


 そんな話をしている間にも、卵焼きは出来上がっていった。

 卵焼き用の四角いフライパンは、この家にあったものらしい。戸棚の中にあったのを遥が見つけた。

 母が使っていたはずのそれを、俺は知りもしなかった。普通の丸いフライパンの方も、愛奈を起こすためにしか使わなかった。


 それが今、こうやって日の目を見ている。なんだか感慨深い。


 そんなことを遥に伝えれば、彼女微笑みを見せた。


「止まってた時が動き出した、みたいな感じかな」

「そうかもな」

「料理担当なのにキッチンのこと何も知らなかったのは、悠馬がお母さんの思い出の場所に触れたくなかったから?」

「それは……違う、と思う」


 言い切れなかった。そうなのか? 俺、そんな感傷的な気持ちで料理を作ってたのか?

 いや、俺が手抜き料理を作るのは、調理に時間をかけたくないからだ。


「気持ちはわかるよ。すごいお母さんだったのかな」

「それは間違いない」


 母さんは偉かった。小さい頃から、俺は母が大好きだった。

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