そんなことより、俺は朝食を作らないと。なんにしよう。米は炊いてるかな。それに醤油とソースをかけて、醤油ソース丼。これだ。
そう考えていると、スマホが再度通知音を鳴らした。
遥からのメッセージだった。
『おはよ! 今から行ってもいい?』
『いいけど、なんだ?』
『朝ごはん作ろうかなって』
朝ごはん?
少ししてから、チャイムが鳴った。
車椅子に乗った私服姿の遥。淡い暖色系で揃えたコーデで、制服と同じように丈の短めのスカートで片方がない足を見せていた。
「悠馬の家ってなんとなく、休みの日も朝からロクなもの食べてないイメージだったから。来ちゃいました!」
「失礼な。俺なりに作ろうとしてたぞ」
醤油ソース丼を。
「それに、ラフィオもいるし。まだ、こっちに来たばかりでご飯作るのも慣れてないかなって思って。わたしに任せてよ」
松葉杖で家に上がる遥の手には買物袋が提げられていた。
「あ、遥さんおはようございます!」
「遥! 助けてくれ! こいつをなんとかしてくれ!」
「ふたりともおはよー。キッチン借りるね」
ラフィオの悲痛な叫びは届かず、つむぎに握られたまま。
テレビでは、青い魔法少女が怪物と戦っているところだった。
ミラクルシャークだったか。据わった目をしながら敵の首を掴んで、壁に何度も叩きつけてから、無骨なナイフを取り出して目に刺して中を抉ろうとしていた。
思ったよりアグレッシブな戦い方するんだな、ミラクルフォースって。
やがてミラクルフォースはヒロインたちがダンスをするエンディングと共に終わった。
続けてトンファー仮面なるヒーローものが始まる。最近の仮面シリーズは全然知らないのだけど、今はこういうのか。
トンファーとは、棒に垂直な持ち手のついたふたつ一組みの武器。これを駆使して戦うヒーローらしい。
『トンファーマシンガン!』
と思ってたら、トンファー仮面はトンファーを二丁拳銃のように持ち、そこから弾丸が連続で発射された。
敵の雑魚戦闘員らしいキャラが蜂の巣になり、体を痙攣させながら倒れていく。
『トンファーパンチ!』
トンファー仮面は、まだ息がある倒れた戦闘員に馬乗りになり、マウントポジションから連続してパンチを浴びせる。
いやトンファー使えよ。こっちはこっちで過激な戦いしてる。
子供の人気を得るには、これくらいやらなきゃ駄目なんだろうか。
そうこうしているうちに、キッチンからいい匂いが漂ってきた。
遥の様子が気になって、そっちに行った。片足立ちで器用に料理していた。壁やカウンターにもたれかかったり松葉杖に体を預けたりしながら、手際よく進めていく。
「すごいな」
思わず漏れた声に遥が気づき、俺に笑顔を向けた。
「すごいでしょ。車椅子生活だからって何も出来ないのは駄目かなって思って、お母さんの手伝いを色々してみることにしたの」
「それで料理も得意になったのか」
「キッチンって、もたれたり掴む場所が結構あるから、やりやすいんだよね。さすがに、初めてのキッチンでやるのは慣れてないから、気をつけないといけないけど。家だともっと早く動けるよ」
「マジか。すごいな。というか、キッチンってそんなにやりやすいのか?」
「狭いからねー。ああでも、火を使う時とかは気をつけないとね。あと包丁も」
そうは言うけど、まな板の上には既に刻まれたネギがあった。
「これ、お鍋の中に入れて。あと卵焼き作るから支えてほしいな」
「支えるって、肩でも掴めばいいのか?」
「それでもいいけど、腕の動きとぶつかっちゃうから、脇腹の方がいいかな」
「そ、そうか。そういうものか?」
理屈はわかるぞ。わかるけどな。
「遠慮しないで」
「わかった。じゃあ失礼して……」
遥のお腹を両手で掴む。出るところは出てる体型だけど、お腹は陸上部時代から変わらず引き締まっていた。
「優しく触れてくれるのは嬉しいけど、それだとくすぐったいだけだよね。もっと、しっかり掴んでくれていいよ?」
「そんなこと言われても」
「遠慮せずに」
「するだろ」
「もう少し強めに」
「はいはい」
ほんの少しだけ、力を入れる。
そんな話をしている間にも、卵焼きは出来上がっていった。
卵焼き用の四角いフライパンは、この家にあったものらしい。戸棚の中にあったのを遥が見つけた。
母が使っていたはずのそれを、俺は知りもしなかった。普通の丸いフライパンの方も、愛奈を起こすためにしか使わなかった。
それが今、こうやって日の目を見ている。なんだか感慨深い。
そんなことを遥に伝えれば、彼女微笑みを見せた。
「止まってた時が動き出した、みたいな感じかな」
「そうかもな」
「料理担当なのにキッチンのこと何も知らなかったのは、悠馬がお母さんの思い出の場所に触れたくなかったから?」
「それは……違う、と思う」
言い切れなかった。そうなのか? 俺、そんな感傷的な気持ちで料理を作ってたのか?
いや、俺が手抜き料理を作るのは、調理に時間をかけたくないからだ。
「気持ちはわかるよ。すごいお母さんだったのかな」
「それは間違いない」
母さんは偉かった。小さい頃から、俺は母が大好きだった。