俺と一緒にいたい。あるいは話したいだけなのかも。寂しいか、愛奈なりに戦いをきついと思ってるか。
「ねえ悠馬! お風呂入りながらお酒飲みたい! ビール持ってきて!」
「やめておけ」
危ないから。こいつ、本当に戦いのことも批判のことも気にしてないな。
スマホを見ながら、魔法少女への世間の評価を見てみた。
賛否両論とはいうけれど、応援とか好意的な意見の方が多い印象。頑張ってと言われるのは嬉しい。
時々、結婚したいとかの応援もある。それはなんか嫌だな。向こうも本気ではないだろうけど。
死者が出たことについても、逃げない方が悪いとか悠長にカメラで撮るなとかの意見が多かった。
その通りだと思う。あいつらは迂闊すぎた。その報いを受けただけ。
一方で、魔法少女がもっと早く動けてたら、もっと強くて一瞬で怪物を殺せてたら被害は出なかったと主張する者もいた。無茶を言うな。
けど、文句を言う方も真剣なんだろう。ライナーが初めて変身した百貨店の一角で、小さいながら店を構えていたオーナーの嘆きの声も見かけた。
長年の夢を叶えて自分の店を持てたのに、むちゃくちゃにされたと。同情はする。
いいさ。今度から、もっと早く動く努力はしてやる。
それが、人の恐怖が集まらなくなることに繋がるのなら。
賛でも否でもない立場で事態を評価する者もいた。
自分では中立を標榜し冷静に事態を見届けているつもりだろうけど、見苦しい。どっちつかずの立場を必死に守りながら、興味本位あるいは己の知名度向上に魔法少女を利用しているだけだ。
正体を探ろうとする者も多い。うちの制服を着た知らない女が、正体がわかったかもと語る動画を見つけた。
サムネとタイトルでは魔法少女が知り合いだから教えますみたいなことを言いつつ、特に中身のある話はしないやつだ。
てか、こいつ誰だ。うちの制服を着て、正体はクラスメイトですと堂々と言い張るこの女を、俺は見たことがない。
リボンの色からして同学年のはずなんだけどな。俺が入学する前の年か、さらにその三年前に卒業した奴が制服を引っ張り出して在校生を騙っている。
カオスなことになっているな。
俺は別にいい。気にしてない。愛奈も他の魔法少女も気にしてない。
けど、人間を守るために来てくれたラフィオはどんな気持ちなんだろう。
人間の醜さを嫌というほど見せられたのなら、傷つくだろうか。
「ねえ悠馬。思ったんだけどさ」
「なんだ?」
「お風呂入りながら飲むのは、ビールじゃなくて日本酒よね」
「おい」
なんか深刻な話をするかと思ったら。
「ねえ悠馬! 日本酒持ってきて! 気分は温泉! あとおつまみも欲しいな!」
「持ってこないからな! てか、風呂で酒飲むのは危ないからな!」
露天風呂なら、外気で体が冷えてマシだろうけど。家の風呂は危ない。
「えー。大丈夫よ。悠馬が近くにいるし。わたしの声が聞こえなくなったら、助けに来てね!」
「ぶっ倒れること前提で飲もうとするな!」
「もう。わたしが悠馬を頼りにしてるってことよ?」
「かっこよく言って酒飲もうとするな! てかあれだな。倒れたふりして、俺を風呂に引き込もうとしてるな」
「ふぉっ!? そ、そんなことないよ!?」
「動揺がわかりやすすぎる」
俺と一緒に風呂入ろうって言ってたの、まだ諦めてなかったのか。
「ねえ悠馬ー。背中流して!」
「断る」
「じゃあお酒持ってきて! あとかんぴょう巻き食べたい! ラフィオにお願いして!」
「さすがのラフィオも、準備なしにそんなもの作るほど器用じゃないぞ」
「さあ悠馬選びなさい! お姉ちゃんとお風呂入るか、お酒持ってくるか!」
「勝手に二択にするな! ああもう! わかった。晩酌の準備するから、ちょっと待ってろ。風呂上がったら好きなだけ飲め!」
「やったー! 悠馬大好き!」
「おいこら! 待ってろって言っただろ!」
浴室の扉を押さえて、すぐに出てこようとする愛奈を阻止する。なんでここで、裸の姉と対面しなきゃいけないんだ。
「ちゃんと待ってろよ!」
言い残して、俺はリビングまで向かう。
ちょっとだけ、ラフィオのことも気になったから。
「悠馬。愛奈の気は収まったのかい?」
そのラフィオはといえば、小さな妖精の体でテレビの前のローテーブルに座って画面を食い入るように見ていて、俺に視線を向けようともせずに会話してきた。
ドラマを見ているらしい。知らない女優が思いつめた顔をしている場面。
この時期の夜にやってるドラマってことは、新番組なんだろうな。テレビ局がそれなりに気合いを入れて宣伝してるのだろうけど、残念ながら俺には伝わってない。
ちょうど、エンディングらしい曲が流れて放送が終わる頃らしかった。
「このヒロインの恋が叶うかどうかを三ヶ月かけてじっくり見せる。素晴らしい文化だ。向こうの世界で魔法の鏡を通してこちらの文化を見るのも良かったけど、直接見た方が楽しめるね」
次回予告からCMに移って、ラフィオもようやくこっちに向いた。話したいのは恋愛ドラマのことらしいけど。
「好きなのか?」
「恋愛ドラマかい? 好きだね。恋はいい」
「そうか」
前にも、恋愛映画が見たいと言ってたな。
こういう年頃の男の子の趣味じゃないとは思うんだけど、人の自由だ。
「姉ちゃんが晩酌をご希望だ。なんか作ってくれ」
「いいとも。リクエストはあったかい?」
「かんぴょう巻き。作れないよな。それは俺が買ってくる」
「わかった。こっちも準備しておこう」
少年の姿に変化したラフィオがキッチンに向かっていく。