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1-41.日野ティアラという少女

 魔法少女たちに声をかけて、自分も魔法少女になりたいとお願いして断られた後、日野姫輝ティアラは失意のうちに帰宅の途についた。

 心からのお願いだったのに、彼女たちは聞き入れてくれなかった。魔法少女はいつの間にか三人に増えているのに、自分はなれない。


 なにがいけないのかな。


 ちゃんと会いに行ってお願いしてるのに。ちゃんと、約束を守って彼女たちの正体は誰にも言ってないのに。

 約束だから、それは絶対に守らないと。


 怪物が自分の生活圏の近くに現れることは、なんとなく察した。だから魔法少女に会うべく、怪物が出たと知れば駆けつけようと決意したのが、初めて襲われたあの日の翌日だった。

 情報源はテレビのニュース速報。とはいえ四六時中テレビを見てるわけにはいかない。

 学校にいる間は見れないし、家でも母がうるさいと怒るから。


 だから、頼れるのは人の噂だけ。街に出て、怪物が出ないかと待ち構える。それで何度か、テレビの取材に出くわしたことはあった。

 今日、魔法少女と再会できたのは幸運のおかげ。怪物がたまたま近所に出てきた。外が騒がしいと思ったら、窓の外を大きな影が通り過ぎた。

 怪物が出たと直感して、慌てて追いかけた。


 魔法少女にはなれなかった。


「ただいま……」


 玄関の鍵を開けて家に入る。


 築五十年超えの木造の風呂なしボロアパートが、姫輝の住処。

 この名前に相応しい家ではないと、いつも思っている。


 彼女は自分の名前が好きではなかった。姫なんて名前負けしてるし、なんでこの漢字でティアラと読むのか全く理解できなかった。

 母に尋ねたことはあるけど、うるさいの一言だけだった。

 魔法少女に変身できたら、相応しい名前になるのかな。


 そんな母は、ただいまの声に返事を返さなかった。居間で、太って醜い体を横たえて寝ているだけ。

 何もしてないくせに、テレビをつけたらうるさいと怒る。

 シングルマザーで姫輝の唯一の家族で、彼女のパートの仕事が日野家唯一の収入なのに、ろくにシフトを入れようとしない。

 だからこんな家で、ギリギリの生活しかできない。


 母は、姫輝が中学を卒業したら働くことを希望していた。従えば、この母と同じ人生を辿ると直感した姫輝は、なんとか頼み込んで高校に入ることを許された。

 余計な出費だとしか、母は思っていないのだろう。


 せっかく高校生になれても、幸せな日々を送れているとは言い難かった。

 ずっと家にいる母のせいでテレビを見ることもできず、携帯は安いからとお下がりのプリペイド式。

 クラスのみんなが話している話題に、ついていけなかった。当然友達もいない。


 魔法少女は、姫輝が初めて、友達と共有出来た話題。テレビにも映ったし、会ったと話せばクラスでも少しだけ注目を浴びた。


 だから魔法少女の存在は誇らしかった。


 注目も、所詮は一過性のものだったけど。


 姫輝は、自身をこんな境遇に陥れた母親が嫌いだった。

 父親が誰かもわからない姫輝を産んで、ここまでひとりで育ててくれた恩はあるけど、姫輝にとってはこれまでの人生そのものが地獄だった。


「なる。絶対に。魔法少女になってやる」


 憧れの魔法少女になれば、きっと人生は好転するはず。だから、だから……。


「あなた、魔法少女になりたいの?」


 不意に声がして、振り返った。

 掃除や片付けをする発想のない母のおかげで、部屋には包装紙やスナック菓子の袋が乱雑に散らばっている。

 そんな見慣れた部屋の中に、ひとつだけ見慣れない物があった。


 ううん。この姿は知っている。実物を見ているから。


 散らかった食卓の上に、四本足の小さな妖精が座っていた。

 魔法少女と一緒にいる妖精だ。魔法少女のことは広めていいって、予想外のことを言った妖精。

 あの妖精と違って、目の前の妖精は体毛が薄いピンク色をしている。顔つきも少し違うかも。


 あの子が男の子だとすれば、こっちは女の子に見えた。さっき聞こえた声も、女のものに見えた。


 つまり、あの妖精とは別の妖精。けど彼女も、魔法少女のことを知っている。


 トクンと胸が高鳴った。


 どうしよう。なんて返事をしよう。この子の名前はなんだろう?

 あの妖精の名前は聞いたことがある。たしか。


「ラフィオの、知り合い?」


 その妖精は、愉快そうに笑った。


「ええ。知り合いよ。すっごく仲がいいの。わたしはキエラ。よろしくね」



――――



「おー。ネットでは賛否両論だなー」

「やっぱり怒る人もいるのねー」

「死者が出てる以上はな」

「野次馬が勝手に出しゃばって死んで、なんでわたしたちが責められなきゃいけないのかしらね」


 死人が出たのは事実だし、怒る人がいるのはわかる。

 姉ちゃんはそこの感情をちゃんと受け入れているから、あっけらかんとしていた。


 俺も人のことは言えない。自分のせいだとは思っていないし、俺たちに怒りを向けてくる奴は気に入らない。

 健全な状態だとは思わないけれど。



 遥たちの帰宅後、俺と一緒に風呂に入ると言い出した愛奈をなんとかなだめた。というよりは断固として拒否して、俺の前で服を脱ぎ始めた愛奈をなんとか脱衣所に押し込んだ。


 なんで姉の脱衣を見なきゃいけないんだ。ほぼ平坦な胸を覆っているブラの記憶を、なんとか頭から消そうと努力した。


 折衷案として、俺は入浴中の姉ちゃんと会話している。もちろん風呂には入ってない。浴室の外の壁にもたれかかっている。

 扉一枚挟んで風呂場に、愛奈の裸。けど、一緒に風呂に入ってるわけじゃない。


 それでいいのかとは思うけど、本人が納得してるのだから仕方ない。

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