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1-40.力比べ

 愛奈はまだ負ける気はないらしく。


「ふふん。わたしたちは家族だからねー。一緒にお風呂入るくらいは普通なのよ。今まで一緒に入ってなかったとしても、今からやるのは問題ないのよ」

「あるだろ!」

「あるでしょ!」

「あははー。さあ悠馬、行きましょう。休日の昼間から入るお風呂もいいわよ。ぐぬぬ……」


 愛奈は俺を風呂場まで引っ張ろうとして、できなかった。変身してたらまだしも、普通に力比べしたら俺の方が勝つに決まってるよな。体格も腕力も俺の方が上だし。


「仕方ない。こうなったら変身して力ずくで拉致するわ」

「させませんよ、お姉さん」

「あなたも。わたしとどっちが上なのかはっきりさせましょう」

「望むところです」

「おい、こら。やめろ。敵も出てないのに変身するな。家の中で戦おうとするな」

「止めないで悠馬。これは女同士の真剣な戦いなの!」

「そうだよ! どうしても本気にならない時があるの! それが今!」

「悠馬さん! もうすぐカラスさんのお墓ができるので、一緒にお参りしませんか!?」


 ちょうどいいタイミングで、つむぎが帰ってきた。


 普通なら全く興味の出ない用事だけど、ちょうどいい。


「おう。行くか」

「姉は強いのよ。一年ちょっとしか悠馬と付き合いのない女は引っ込んでなさい」

「家族だからって偉そうにするの、すごく馬鹿っぽいですよ。あと、割りと前から知り合いではありました!」

「ふたりとも、口喧嘩だけにしておけよ」


 俺が出ていったことに気づかず、いまだに睨み合いを続けるふたりは、一応武力行使には至らないつもりらしかった。



「ラフィオお前、思ったより真面目にお墓作ってるんだな」


 家の近くの公園の片隅で、少年の姿のラフィオがスコップを持って穴を埋めていた。

 穴の中には、カラスの死骸が入っているはずだ。


「意外かい?」

「つむぎのこと、そんなに好きじゃないだろ?」

「苦手なのは間違いないね。けど魔法少女だし、カラスに関しては真剣だ。彼女なりに、という意味だけど」

「真面目だな」

「そうかい? ほらつむぎ、埋め終わったぞ。あとはどうする?」

「お祈りします」


 落ちていた木の枝を刺して、つむぎはそこに向かって手を合わせる。

 俺とラフィオもそれに倣った。


「すまないな。生き物を相手に戦うことは想定外だった。そんなのに付き合わせてしまった」


 お祈りもそこそこに、ラフィオは少し申し訳なさそうな口調で俺に語りかけた。


「別にいいよ。姉ちゃんも遥も、その覚悟はしてるって言ってたし」


 軽い口調だったけど、それは確かだ。

 つむぎも、たぶん大丈夫だろう。重い覚悟とかとは、少し違うだろうけど。


「そもそも魔法少女への変身も、人間の表面だけを内面に影響しないように変質させているんだから、フィアイーターと同じようなものだ。ならば人間のフィアイーターが出てくるのも、予想すべきだった」


 そうなのか。いや、確かにそういうものかもしれないけど。


「魔法少女になれるのは女だけ。しかも適正がないとできない。だろ?」

「? そうだけど」

「それって、コアを身に纏った人間が心までフィアイーターにならない適正ってことか?」

「……ああ。そうだよ。悠馬は賢いな。もちろん、心がフィアイーターになったところで、自我との衝突でうまく動かなくなるのは説明した通りだけど」


 動かなくなるのと、魔法少女として自分の意思で戦うのは大きな違いだな。

 ラフィオも自分なりに、協力してくれる人間のことを気遣っている。


「だが奴は克服する手段を見つけた。どうやってかは知らない。けど人間を嫌ってる以上、人間からフィアイーターを作るくらいは平気でやるはずだ」

「なあラフィオ。奴って……お前の友達って、どんな奴なんだ?」

「それは」

「あー! ふたりとも! ちゃんとお祈りしてよ!」


 俺たちの世間話にようやく気づいたつむぎが、抗議の声をあげた。


「ちゃんとお祈りしたさ。つむぎの祈りが長すぎたんだ」

「むー。本当かなー? それよりラフィオ! モフモフさせて!」

「嫌だ」

「なんでー? それにラフィオ、どうして男の子の姿なの? いつものモフモフがいい! できれば大きい方!」

「お前が穴掘って埋めろと言ったからだよ!」

「ありがとう! じゃあモフモフに戻って!」


 戻し方をつむぎは知っている。首筋をくすぐるべく手を伸ばして。


「あれ?」


 ラフィオがつむぎの両手首を掴んで阻止した。


「むぐぐ」


 つむぎも力を込めて両腕をラフィオに近づけようとするけど、出来なかった。


「あれ? 力比べなら、僕の方が案外強いのかも」

「男の子だからってずるい!」

「お前の方からモフモフ仕掛けてきたんだろ! ほらほら」


 ラフィオは腕力でつむぎの腕を押し返して、手首を掴んだまま人差し指だけ立てて彼女の首筋をくすぐった。


「ひゃっ!? ちょっと! ラフィオやめっ! ははっ! くすぐったいってば!」

「こちょこちょー」

「ひゃははっ! あはは!」

「おっと」


 力が抜けたのか、つむぎは膝を折って仰向けに倒れ込む。ラフィオが咄嗟に体を抱えて衝撃が来ないようにしたけど、結果としてラフィオがつむぎを押し倒したみたいな体勢になった。


 そうなってなお、つむぎの闘志あるいはモフモフ欲が消えていないのを見て、ラフィオも追撃を決心した。

 つむぎの両手首を交差するようにして片手で掴んで封じてから、片手を脇腹に伸ばす。


「今までモフモフしてきたお仕置きだ!」

「うひゃー! あははは! わかった! 降参! 降参します! だからやめてー!」

「もう、僕のことモフモフしないって約束するなら、やめてあげるけど?」

「んー。やだ!」

「こちょこちょー」

「ひゃはは! 駄目だってばー! ごめんなさい! 許してー! はははっ! 覚えててよ! ラフィオなんて変身してたら負けないんだから!」

「そんなくだらない理由で変身するな。それよりふたりとも、帰るぞ」


 くすぐり合いをしてるふたりに声をかける。

 本人たちは楽しそうだけどな。近所迷惑になりそうだ。


 そういえばラフィオから、敵について聞けなかったな。ラフィオの友人とされている、フィアイーターを作り出す存在。


 どんな奴なんだろう。

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