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1-38.熱心なモフリスト

 疾走。道路を猛烈な勢いで走っていくラフィオに、ハンターのテンションは上がりっぱなしだった。


「落下地点はわかるのか?」

「知るか! おおよその方向しかわからない! というか、ライナーとセイバーが既に向かってるところだと思う!」


 そうだな。あのふたりも、フィアイーターが落ちていった様子はわかってるだろうし。

 負傷して逃げられなくなったフィアイーターの体を捌いて、露出したコアを蹴って壊していてもいいと思う。


 できていないなら、理由は。


「下がってて! 危ないから! まだそいつ死んでないの!」


 人だかりができていた。そこに駆けつけたらしいセイバーとライナーが、群集の外から呼びかけてたけど、人々はどく気配はない。

 フィアイーターを取り囲む人たちか。元々怪物騒ぎを見物に来ていたのが、落ちてきたからそこに群がった。


 野次馬なのか報道の使命に燃える人たちなのかは知らないけど、彼らは声をかけた魔法少女たちに気がつくと一斉にカメラを向けた。話が聞きたいと申し出る者も。


「わー! ちょっと待って撮らないで……いや、撮るのはいいんだっけ。わたしは魔法少女シャイニーセイバーで、こっちはライナーで」

「セイバー! 今はそれどころじゃ」

「フィアアアアア!」


 倒れていたフィアイーターが、傷をある程度回復させたらしい。その場で大きく暴れた。物珍しさで近づいていた野次馬たちに向けて、爪や嘴が振り回される。

 断末魔の悲鳴が上った。驚きの悲鳴もたくさん聞こえた。

 そして、みんな逃げ出した。我先にと、バラバラの方向へ。向けていたスマホを取り落としてそのまま逃げる者も。

 痛い目に遭うまで、これが出来なかったことは残念だ。


 何人か、逃げずに留まる者も何人かいた。

 よほど根性あるジャーナリストかと思ったら、カメラになりそうな物は構えていなかった。


 魔法少女の姿をどうしても目に焼き付けたい、熱心なファンか。


「ラフィオ、塀の上に。人が邪魔でハンターも狙えないだろ」

「わかった。ハンター、一撃で無力化してくれよ!」

「はーい。任せて! ラフィオのお願いだったらなんでも聞いちゃう!」

「それは余計なんだよな……」

「食らえー!」


 ラフィオが塀の上に着地する前、跳躍して高い位置に来た段階でハンターは狙いを一瞬でつけて矢を放った。

 両足でラフィオの胴を挟んで落ちないようにしながらの動き。俺もハンターの服を掴んで振りとされないようにしたけど、必要なかったかも。


 動くラフィオの上から放ったのに、矢は正確にフィアイーターの喉を貫いていた。

 まだ翼の傷は完全には癒えていなかったのだろう。飛ぶことも出来なかったフィアイーターは、死んだように倒れる。そりゃ、喉を貫かれれば死ぬものだけど。


「わーい! モフモフだー!」

「あ、おい!」


 ハンターはラフィオから飛び降りて、動きの止まったフィアイーターの上に抱きつく。


「あはは! すごい! モフモフ! モフモフ! あはははは!」

「おい悠馬。あいつは正気じゃないぞ」

「失礼なことを言うなよ。モフモフが好きなだけだろ」

「だからって! あんなことするか普通!? 怪物だぞ! しかもまだ死んでないって理解してるはずなのに!」

「ねえラフィオ! こっちに来て! 一緒にモフりたい!」

「お断りだ!」

「え、えっと。つむぎちゃんなの?」

「セイバー。フィアイーターの体を裂いてコアを見つけてくれ」

「う、うん。わかった……」


 抱きついているハンターを避けるようにして、動かないフィアイーターの体を切る。

 これまでの経験上、胴のどこかにあるのは予想がついた。腹の方から、黒く光るコアが出てくる。


「とりゃっ!」


 太陽光を集めた剣が、コアを貫いた。日中の野外だから、光の充填は常時できるのか。

 ハンターに抱きつかれたまま、巨大なカラスが空気中に黒い粒子を拡散させながら、元となったらしい小さなカラスに変わっていく。


「このカラスさん、死んじゃったの?」


 ハンターの胸に、死んだカラスが抱かれていた。


「そうだよ。これはカラスの死体から作られた」

「そっか。かわいそうに……」

「みんな帰るぞ。すぐにマスコミが戻ってくる」

「この人たちはどうする?」


 セイバーが、路上に倒れた数人を見下ろした。

 死んでるのかな。生きてる人もいるかも。


「人が戻ってくれば救急車も呼ばれるだろ。それより、俺たちが詮索される方を避けたい」

「そっか。仕方ないね」

「この世界の人間は思ったより愚かだった。それが誤算だね。アニメの魔法少女は、大衆から認知されると大抵応援されるものだけど」

「存在自体知られない魔法少女の方が多い気がするけどな」

「あのっ!」


 声をかけられた。もう人が戻ってきた……というより、カラスが大暴れしても逃げ出さず、ある程度離れて戦いを見物していた何人かのひとりだ。

 そして知ってる顔だった。俺があの日助けた少女。何度かテレビで、気合入れてインタビューに応じていた少女。


「あの! わたしも魔法少女になりたいんです! なり方を教えてください!」

「ええっと……」

「あ、ごめんなさい。わたしの名前は、日野ティアラといいます! ここで教えるのが無理なら、連絡先を教えてください! お願いします!」


 ティアラ。彼女はそう名乗った。どんな漢字を書くのかな。つむぎのように、平仮名の名前なのかも。

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