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1-36.つむぎの体当たり

 直後、男の悲鳴が近くから聞こえた。避けられなかった、あるいは逃げ遅れた者がいたらしい。


 カメラマンが地面に倒れていた。大事なカメラは地面に投げ出されていて、彼の足首に黒い羽が一本刺さって血が流ていた。

 巨大化したカラスに合わせて、しっかり大きくなった羽根は武器として十分な威力があるらしい。


 怪物の様子をしっかり映像に収めようとして、失敗したか。


「どうしよう! こっちに引きずるべき?」

「いや、ここが安全なわけじゃない」


 この車が羽根に対する盾になりつづけてくれるなら、隠れるべきだ。けど相手は空を自由に飛び回れるわけで、盾もずっと有効ではない。


「これでわかっただろ。奴は危険なんだ。油断すると怪我をする。離れてろ」


 ディレクターらしい男に顔を近づけて強く言う。さすがに彼も、撮影を続けるのはまずいと感じたらしい。


「わ、わかりました! みんな撤収だ!」


 その指示が出れば動きは早かった。 クルーたちはそれぞれ、こっちに会釈しながら車に戻っていった。


「あの、街を守っていただき、ありがとうございます!」


 マイクを持ったままのアナウンサーの女が最後に礼を言いながら車に乗り、発進した。


 とりあえずはよかった。怪我人含めて、とりあえず無事に逃げられるだろう。

 この間にカラスはもう一回羽根を飛ばしたけど、これも車の屋根に防がれた。

 一方で、彼らほど聞き分けのない者も新しくやってきた。


「悠馬。野次馬が集まってきてるぞ」


 ラフィオがそんな報告。マジかよ。


 報道陣の車が走っていく道の先に、人が大勢押し寄せて来ていた。同じように車で、あるいは自転車や徒歩で。騒ぎを聞きつけた無関係な者が集まっていた。

 多くがスマホを掲げているし、中には他の報道陣と思しき者もいた。


 こいつらは。元々のここの住民は、みんな家の中に避難してるっていうのに。彼らも家の中から俺たちを見てるかもしれないけど。

 だけどこの野次馬たちは、己の身を守る方法を持たない、空に身を晒した状態は危険すぎる。


 案の定、フィアイーターは彼らに向かっていった。


「ああもう! 人間ってやつは!」

「悪いと思ってる」

「悠馬が気に病むことじゃない! 良識ある人間の方が多いのは知っている!」


 異世界から人間のためにやってきたラフィオは悪態をつきながら、彼の言う良識のない人間の方へと駆けていった。


 フィアイーターは、野次馬に肉薄しながら少し停止して羽根を飛ばし、密集した群衆の何人かに怪我を追わせた上で直接爪か嘴で仕留めるべく接触。

 野次馬たちは、自分たちが危機に陥ることを予想していなかったのだろう。攻撃を受けて初めて命の危険を感じて、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


 ラフィオが駆けつけて警告するまでもなかったな。


 足を羽根に射抜かれて動けなくなった女が、ひとり取り残されていた。手にはスマホが握られていた。

 フィアイーターはそいつの背を鋭い嘴で突く。動きが早く、ラフィオが駆けつける前に彼女の背中にはいくつもの穴が開くことになった。


 この人は死ぬのかも。俺に治療する術はないし、医師が駆けつけることもない。周りに人はおらず、助けるために運ぼうとする者もいない。


「どっか行け!」


 女の背中を飛び越えるように、ラフィオはフィアイーターに飛びかかった。当然フィアイーターは上昇してこれを回避。


「こいつ! 手間をかけさせて!」


 こちらの攻撃が届かない範囲まで逃げようとするフィアイーターに、ラフィオは道沿いの塀の上、そして塀に囲まれた家の屋根を伝ってから飛びかかった。


「気をつけろ!」


 俺はラフィオの動きに警告はしたけど、聞く暇もなかったらしい。


 フィアイーターはラフィオを回避。そして空中にいるラフィオに向けて、羽根を放った。

 まずい。空中では身動きが取れない。防御もできない。回避しようがない。乗ってる俺含めて、羽根が刺さる未来しか見えなかった。

 誰かによる突然の介入がない限りは。


「ラフィオー!」


 介入が、実際に起こってしまった。俺にとってはありがたいこと。ラフィオには災難かも。


 横から突進してきた女子小学生がラフィオの脇腹に激突。俺を乗せたまま、みんなでもつれ合うように倒れ込む。羽根は何もない地面に刺さった。

 みんなして、道路の端で横になった。


「ラフィオー! こんなに大きくなれるんだ! すごい! ただでさえモフモフのラフィオが! すごくモフモフ!」

「おい! なんだこいつ!? 離れろ! 離れろってば!」

「逃げるぞラフィオ! つむぎも! ついてこい!」

「ラフィオに乗せてくれるの!? やった!!」

「僕は嫌だからな! 嫌だけど! ああもう!」


 俺はモフモフ大好き小学生、つむぎを抱え上げた。ラフィオはフィアイーターの追撃を逃れて駆け出す。野次馬たちが逃げた逆方向、セイバーたちがいる方向で、ふたりがこっちを追いかけてきた。


「ふたりとも! 無事!? って、つむぎちゃん!?」

「こんにちは! モフモフの気配を探してたら、こんなに大きなラフィオがいました!」

「ええっと、良かったね!」

「いやいや。俺はつむぎを安全なところに逃がすから、姉ちゃんたちはフィアイーターをなんとかしてくれ」

「頑張るけどね! 無理なものは無理よ!」

「野次馬たちの被害がこれ以上広がらないように、頼む」

「勝手に来た奴らを守るっていうのも、なんか癪なのよねー」

「お姉さん! そんなこと言ってる場合ですか!?」

「だからお姉さん呼ばわりは……わかったわよ。なんとかしてみる」


 セイバーも、近くに倒れている女の死体を見て考えを変えた。

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