ちらりと後ろを振り返った。セイバーの腕を踏み台にして、ライナーが最大限の跳躍をしているところだった。
カラスのフィアイーターには届いてない。届いたところで、たぶん避けられる。
「新しい魔法少女を探して変身してもらって、そいつが遠距離攻撃できる奴って可能性に賭けないか?」
「都合よく適正ある人間を探し出して、変身してくれとお願いして了承を貰えるかな」
「貰える人間もいるだろ」
報道陣とか配信者とか野次馬から、そういう人間を探し出すのは気が引けるのも事実だけど。
その手の人間は、秘密を隠そうとはしないから。俺たちの生活に影響が出かねない。ラフィオの懸念はそれだ。
「つむぎなら、すぐ連絡つけられるけど」
「冗談でもやめてくれ。おっと、マスコミ発見だ」
見れば、白いバンが誰かの家の敷地の脇に駐車したのが見えた。中から大きなカメラを背負った男と、その他数人が出てくる。
アナウンサーだろうか。スーツ姿の女もいた。愛奈が毎朝着てるような黒いやつではなく、華やかさを演出する明るい白。
テレビクルーってやつか。
「おい。取材は後だ。逃げろ。危険だ」
ラフィオが車の前に降り立って警告。もちろん、世に真実を伝えるのが仕事の彼らは容易には止まらない。
すごいぞ。話しを聞け。そんなことを現場の指揮者らしい男が言っていた。ディレクターってやつかな。
彼の指示に従って、カメラとマイクがこっちに向けられる。
「お話し伺えますでしょうか。最近起こっている怪物騒ぎに、皆さんがどう関わっているのかを」
「僕たちは魔法少女と協力して怪物を倒す。人々の平和を守るために戦っている。魔法少女たちの活躍を喧伝してくれてありがとう。けど危険だから、離れたところから撮ってくれ。インタビューも後だ」
後でやるつもりなのか。確かに、アピールには有効かもしれないけど。
いずれにせよ、今はそれどころじゃないのは事実。
「避けろ!」
自分の上に影がさしたことに気づいた俺は、上を見上げてこちらに急降下してくるフィアイーターを見つけた。
俺か報道陣か、誰を狙ってるかは知らない。とにかくこっちに来ていた。
セイバーたちは間に合わないかも。だから一番近くにいた、こっちにマイクを向けているアナウンサーの腕を掴んで引き寄せながら避けろと言う。
ラフィオも俺の言葉にすぐに反応して、俺を乗せたまま一歩下がった。当然アナウンサーも引っ張られる形に。直後、彼女が一瞬前までいた空間に鋭い嘴が刺さる。危ないところだった。
他のテレビクルーも、それぞれぎょっとしたように後ずさる。しっかり恐怖を感じているな。
フィアイーターはさらなる恐怖を集めるべく、鳴き声をあげながらその場で暴れた。翼をバタつかせて大げさな音を立てながら、自身にカメラを向けている男に狙いを定めた。
「ふたりとも! 無事!?」
一瞬遅れてセイバーが、道を走って接近。こちらの手の届く高さに敵がいるうちに、剣を振るおうとする。
フィアイーターもすぐに飛び上がって回避を試みる。上に振り上げたセイバーの剣は、カラスの片足に僅かな切り傷をつけただけだった。
「まだまだ!」
セイバーは即座に、近くに止めてある車の屋根に飛び乗ってフィアイーターへの追撃を試みる。さっきテレビクルーが降りてきた車だ。
フィアイーターの方が動きが若干早く、すぐにセイバーの手の届かないところに上昇。けど、奴は敵であるセイバーを睨んだままだった。
そこに、別の魔法少女が意識の外から攻撃を仕掛ける。
「はあっ!」
新しく生えた輝く左足で、近くの家の屋根から跳躍したライナーが掛け声と共にフィアイーターに蹴りを放つ。
飛んでいるカラスの体を、上から蹴り落とすような形になった。
足は敵の胴体に直撃。聞き慣れた咆哮は威嚇のものというよりは悲鳴に近かった。
けど、フィアイーターの体を墜落させるには至らなかった。
空中でなんとか姿勢を制御できたフィアイーターとは違い、ライナーには飛ぶ手段はない。重力に従って地面に落ちていき、綺麗に着地。
フィアイーターは再び空に戻っていく。
「ご覧ください! 今まさに、魔法少女を名乗る女性たちが怪物を相手に戦っています!」
「マジか。中継してるのか」
アナウンサーの興奮気味の声が聞こえた。そりゃテレビ的には、こんなもの撮らないわけにはいかないだろけど。
「ええっと。どうしよう。挨拶とかした方がいい?」
セイバーが俺に呑気な質問を投げてきた。中継中のテレビカメラの前で俺の名前を出さない配慮は褒めてやるべきだけど、そんな悠長なことをしてる暇はないな。
「ええっと。お世話になります! 魔法少女シャイニーセイバーです!」
「おい。ここから逃げるように言ってやれ」
「みんな! 上!」
比較的戦況をよく見ているライナーが、全員に聞こえるように言ってセイバーの自己紹介を遮った。
また、フィアイーターが急降下を仕掛けてくるのかと思った。けど違うらしい。
こちらの手の届かない高さに位置取ったフィアイーターは、翼を大きくはばたかせた。次の瞬間、真っ黒な羽根が何枚か、こっちに飛んできた。
硬いと思われる筋の先端が、まっすぐ向かってくる。
離れた敵を攻撃する手段なのは、すぐに悟れた。近づけば反撃を食らうから、この方法に切り替えた。
直接己の肉体で襲う方が恐怖を煽れるとか、羽根の数には限界があるとかで、今まで使ってこなかったのだろう。
「おい! 逃げろ!」
俺はラフィオから降りて、アナウンサーの女と別のスタッフの腕をそれぞれ使って走った。
ラフィオも、巨体で男の体を押して羽根の射線から外そうとする。セイバーとライナーは防御方法がないかと一瞬だけ対峙を考えたけど、即座に回避を選択した。
テレビクルーが乗ってきた車の陰に隠れる。そっと様子を見れば、地面に複数の羽が刺さったところだった。