目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
1-34.生き物のフィアイーター

「もうすぐだ! 愛奈、変身しろ」

「はいはい。ライトアップ! シャイニーセイバー!」


 俺の後ろで愛奈が高らかに声を上げる。

 彼女の体が光に包まれてるはずだけど、それは見えなかった。代わりに、暖かさを感じた。

 光は熱を持つ。セイバーも同じ。


「見えた! あれだ!」


 住宅地の屋根から屋根を飛び移って疾走するラフィオが、一軒家の屋根の上で止まって一点を睨みながら言う。


 俺も視線を向けると、空に巨大な黒いものが舞っているのが見えた。

 流線型の体に一対の翼。明らかに鳥の形をしていた。


 翼を羽ばたかせて飛ぶそれは、鳴き声はしっかりとフィアイーターのもの。体が普通よりずっと大きくなって、嘴や足の爪なんかも元よりずっと長く鋭くなっているのが見て取れる。

 顔も変化しているのかもしれない。元から黒い体毛の中で、目は異様に輝いていた。獲物を確実に見つけて仕留める意思を表すかのように。


「なんだあれは」

「鳥だよ。カラスじゃないかい?」

「そう見えるけどな。フィアイーターって、生き物からも作れるのか?」

「そう、みたいだね」


 ラフィオ自身も嬉しくは思っていない様子だった。


「生き物を材料に使うことは可能だ。それこそ人間からも、フィアイーターは作れる。そもそも魔法少女だって、人をコアの力で強化するのだから、やってることは同じだ」

「おいおい……」


 野生のカラスと戦うことは、そこまで心の痛むことじゃない。

 けどいずれは、誰かの愛するペットや、人間が変化したフィアイーターと対峙することもあるかもしれない。


「悠馬の懸念はよくわかるとも。けど、これは僕も予想外だった」

「なんでだ? できるんだろ?」

「できる。けど、向かないはずなんだ。生き物には意思がある。それと、フィアイーターとして恐怖を食らう行動が衝突する。生き物は、周りを恐怖させるために暴れたりはしない」

「そうか?」


 動物が本能のままに暴れるのはよくあることだけど。


「本能で襲うのは例えば、たとえば人間に追い詰められて暴れるとか、逆に人間を餌と認識して襲うとかだろう? けど、恐怖それ自体を目的として襲うことはない」


 本能で暴れる理由と、恐怖への渇望で暴れる理由は一致しない。


「人の場合もそうだ。人には理性がある。確かに、他者を脅すのが好きで傷つけることに抵抗のない酷い人間もいるだろう。けど普通は違う。普通じゃない人間がいたとしても、恐怖を与えること自体が目的なのは珍しい。そこに違和感が生まれる」


 人を脅かす理由が何らかの対価にしろ、己の快感のためにしろ、自分が恐怖心を取り込むためじゃない。そもそも人間には、そんな欲求はない。もちろん動物も同じ。

 だから、自分の意志とフィアイーターとしての目的が競合して、うまく動かなくなるのか。


 けど、目の前の怪物はその問題を克服しているように見えた。


「ふたりとも! おしゃべりしてる暇はないみたいだよ!」


 ライナーが駆け出した。見れば、カラスのフィアイーターは翼を折りたたみ、地面に向けて急降下しているところだった。

 そうだな。これからの敵の心配より、目の前の対処だ。


 俺たちを乗せたラフィオもそちらに向かう。フィアイーターの落下地点に、ボールを持った小さな男の子。それから母親らしき女。

 ふたりに、フィアイーターの鋭い嘴が迫る。


「させないっ!」

「フィアアァァア!」


 ライナーが降下中のフィアイーターの腹に向けて突っ込むように蹴る。フィアイーターはそれに気づいて、羽を広げて減速。そして再度上昇して逃げることで回避した。


 ライナーの飛び蹴りは、道沿いの塀に当たる。着地するように衝撃を殺したから、それが砕けるみたいなことにはならなかった。


「逃げろ! ここは危険だ! 建物の中に行け!」

「は、はい!」


 親子を守るように道に着地したラフィオの上から、俺は警告。母親は怯えた様子ながら、息子を抱えて逃げていく。


「ここ周囲の住民みんなに、外に出るなと言って回るかい? フィアイーターの対処は魔法少女たちに任せよう」

「わかった。姉ちゃん、やってくれ」

「うん。けど、攻撃当てられないのよ」

「そうだな……」


 フィアイーターは上空を飛び回りながら、下界を見下ろし獲物を探っているように見えた。


 これが問題だ。セイバーもライナーも遠距離攻撃の手段を持たない。相手に空を飛ばれたら手が出せない。

 さっきみたいに、向こうが降りてきたのを攻撃するしかないか。敵も攻撃手段は我が身の嘴か爪しかない上、恐怖を食らうという渇望がある以上はいずれ動かないといけない。

 そして敵が上空を飛び回る以上、攻撃範囲が広い。無関係な人が巻き込まれないように警告して回らないと。


「ふたりはなんとか攻撃できないか頑張ってくれ」

「ざっくりとした指示! そんなんじゃ、いい上司にはなれないわよ!」

「ごめんって」


 普段から姉がそういう上司に悩まされてるのかなと、ちょっと申し訳なく思う。


「ま、そんな指示でも仕事を回せるのが、立派な社会人であるわたしの良いところなんだけどね!」

「立派な社会人?」


 無い胸を張るセイバーに、俺は強い疑いの目を向けた。


「ちょっと! なんでそこ疑うのかしら!?」

「疑うだろ。とにかく行ってくる」


 ラフィオは俺を乗せて跳躍。近くの家の屋根に登って周りを見る。

 怪物が出ているって情報は既に広まっているらしく、出歩いている住民らしい姿はない。


「行動範囲を広げるぞ。フィアイーターの周りを円を描くように回って、人がいたら追い払う」

「いいとも。そろそろ、報道陣とか野次馬がやってくる頃じゃないかな」

「どうだろうな」


 そいつらは、追い払えない気がする。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?