「悠馬! 出かけよう! 映画とか観に行こう!」
翌朝。ラフィオが朝からそんな提案をした。
休日だとしても、俺は昼過ぎまで寝て過ごすようなことはしない。特に予定があるわけでもないけど、のんびり過ごしている。それか将来に向けて学業に励むかだ。
ちなみに愛奈は、休日はいつも寝ている。それこそ昼過ぎまで。
昼食を食べ終わった俺に、寝ぼけながらお腹空いたと言ってくるのがいつもの光景だ。
たぶん、これが愛奈の理想の暮らしなんだろうな。
ところで、昨日ラフィオが出かけようと提案した件を、今日も変わらず催促してきた。
「あのモフモフ悪魔が来ないうちに逃げよう! 街まで行って人の群れに隠れよう!」
「それはいいけど、なんで映画なんだ?」
「僕は映画が好きだからね。特に恋愛映画が好きだ。元いた世界から、この世界の映像作品をたくさん見てここについて学んだ。その中でも恋愛映画はいいね」
「らしくない趣味だな」
「失礼な。人が何を好きになろうといいだろう」
「ごめん。確かにそうだけど。意外というか」
小学生の男の子のイメージが強いからかな。もっと派手なアクション映画とかを好みそうな気がして。
「というわけで、僕はこれが見たい」
俺のスマホを操作して、昨日から公開中の映画を見せる。
ドSの王子様系のイケメンと冴えない女子高生の恋愛映画。原作は少女漫画らしい。イケメン役が人気のアイドルらしく、SNSではそれなりに話題になっていて、観客動員数もなかなからしい。
「見たい」
「俺に、小学生の男の子を連れて一緒に観に行けと言うのか」
「そうとも。あ、僕は妖精になって鞄の中に隠れてれば、その分の料金は払わなくていいだろうね」
「俺に、ひとりで恋愛映画を見に行いけと言うのか」
「ひとりじゃない。僕もいる」
「傍から見たらひとりなんだよ」
「見たいんだ」
「あー。どうしようかな……」
「遥を誘うのはどうだい? 君の誘いなら喜んでついてきてくれるだろうさ」
「そんな気はするけど」
喜んで来てくれることだろう。どうしようか、連絡すべきだろうか。
「いや、待ってくれ悠馬。悪いが映画は中止だ」
「いきなりどうした」
別に悪く思ってないけど。映画見たいと言ったのはラフィオだけだし。
けど、理由は聞き捨てならないもので。
「フィアイーターが出た」
「わかった。姉ちゃんを起こしてくれ。場所はわかるか?」
「あっちの方だ」
ラフィオは一方向を指差した。壁しか見えない。
おおよその方角と距離しかわからないのか。
「姉ちゃんを起こしたらすぐに出発だ。俺は遥を迎えに行く。バス停のあたりで待ち合わせだ。現場まで俺を乗せてくれ」
「愛奈は?」
「変身させてくれ。ついていくように走らせる」
魔法少女の脚力に頼ることにしよう。絶対に嫌だと嘆くだろうけど。
急いで外に行く準備をする。ラフィオもフライパンを持って愛奈の部屋に向かった。
休日の朝から上がる悲鳴を聞きながら、俺は部屋を出る。エレベーターに乗りながら遥に連絡をした。
メッセージを送ったところ、返ってきたのは了解のスタンプのみ。けどそれは、すぐに行くから返事に時間をかけるつもりはないって意志の表れだったらしい。
「話は聞かせてもらったよ悠馬! わたしの出番だね!」
俺が遥の家に着いたタイミングを見計らったように、彼女は窓から屋根の上に飛び上がって仁王立ちした。
もちろん、既に変身していて魔法少女の脚力があるからできること。
魔法少女シャイニーライナーは、変身した時に生えてくる足をかなり気に入っているらしい。
「敵はどこかな!? わたしが駆けつけて蹴り殺してあげる!」
「わかったから、ちょっと落ち着け。あと隠れろ。下からの視線に注意しろ」
俺は目を逸らしながら注意した。そうするしかなかった。
「えー? でも今はお休みの日の朝。人通りなんてほとんどないよ?」
「誰かに見られたらその時点でアウトだからな。あと、スカート気をつけろ」
高いところにいるのを、俺は見上げている形だ。
「おっと。見た?」
「見てない」
「見てもいいのに」
ライナーはようやく、スカートを抑えて屋根に座った。
「でも、いい景色だね。屋根の上に立つって。というか、普通は立つことも屋根に登ることもできない体だから」
「屋根に登るのは普通じゃないし、お前割と頻繁に立ってるだろ。松葉杖で」
「えへへ。そうだった」
はしゃぐ気持ちはわかるけど。
「お待たせ! 愛奈を起こすのに手間取った!」
「だって! お休みの日に叩き起こすとかひどいじゃない!」
「世界の危機なんだよ!」
「わたしの睡眠時間も危機です!」
ラフィオと愛奈がようやく登場。愛奈は変身しないで、ラフィオにしがみついていた。
「嫌だからね! 魔法少女に変身したとしても、現場まで走るとか! ラフィオに運んでもらうもん!」
「いいですよ。わたしが走りますので!」
「ほんと!? やったー遥ちゃん愛してる! 悠馬と距離が近すぎる以外は好き!」
「決まったのなら行くぞ」
ラフィオは一旦道に降りて俺を乗せると、フィアイーターが暴れているという場所まで駆け出した。
その後ろをライナーが楽しそうについていく。
「風が気持ちいい! 車椅子なしで外出するのも最高! ひゃっほう!」
「若いっていいわねー」
「姉ちゃんも十分若いからな」
「当然よ。あんなのより、わたしの方がずっと役に立つこと、見せてやるんだから」
「頼むぞ。本当に頼りにしてるんだからな」
タオルを巻いて覆面にしながら言ったら、我ながらかなり疲れた口調になってしまっていた。
この姉に世界の命運がかかっているなんてな。