その日は平和に放課後を迎えた。学校の敷地外には相変わらず報道陣もいたけど、それらを制止するように警察の姿もあった。
高校生に行き過ぎた取材をしないよう、睨みを利かせているらしい。ありがたいことだ。
逃げるように学校から出てバス停に。そこでも報道陣は待ち構えていたけど、バスの中に乗り込みはしなかった。
けど、金曜日の夕方だ。駅や街でうちの制服を探している記者もいるかもな。教師も、今日はまっすぐ帰れとホームルームで言ってたし。
朝は、一緒に出かけようと話してたけど。
「どうする? このまま駅まで行って、街まで遊びに行くか?」
「んー。それはまた今度でいいんじゃないかな。人に声をかけられそうだし」
「そうだな」
「僕のプリンは!?」
「また今度だ」
「嫌だ! 僕はプリン食べるからな! そもそもだ! マスコミのために行動を控えるのはどうかと思うぞ! 奴らに負けたようなものじゃないかぐえっ」
車内で騒がしいから、握って黙らせた。
「わたしも、本当は悠馬とデートしたい気持ちはあるんだけどなー」
「よし、帰ろう」
「なんでそうなるの!?」
「週が明けたら奴らもおとなしくなるだろ。学校に取材に行けるのが今日くらいだから、あんなに必死だったんだ。少し待てば落ち着く」
今日は金曜日。思えば月曜日に怪物騒ぎに巻き込まれてから、濃い一週間だった。
時間が経てば本当に取材が落ち着くかはわからない。けど、今すぐ制服で街を出歩くよりはマシだと思いたかった。
バスを降りて遥を家まで送ってから、俺は近所のスーパーに寄ってラフィオと一緒に買い物。
家に帰ってからラフィオが夕食を作るのを横目に、俺は宿題をやって授業の復習をする。そのうち愛奈が帰ってきた。疲れただの仕事辞めたいだの言っている。
会社帰りに買ったのか、大量の缶ビールの入ったビニール袋を提げていた。
何本か既に開けてるのか、顔がほんのり赤くなっていた。いや、道で酒を飲むな。
「毎日そんなに飲んで、よく太らないな」
「本当よねー。これも一種の才能かしら。脂肪がつく気配がないのよね。特に胸に。なんとかして胸だけ太る方法ないかしら」
「あったら、みんなやってる……ものなのか?」
「やってるでしょうねー。目指せ巨乳。あ、でもわたしの胸も、前と比べればちょっとは成長してるかもしれないのよ。見てみる?」
「おい。やめろ。隙あらば脱ごうとするな」
スーツを脱ぎ捨て、ブラウスのボタンをひとつずつ外していく愛奈の手を掴んで止める。
薄いピンク色のブラが一瞬だけ見えてしまった。
「じゃあ、悠馬が脱がしてよー」
「さっさと部屋に行け」
「悠馬運んで」
「ああもう」
愛奈の手を掴んで引きずる。
「ああー。もっと優しく運んでー。けど、これはこれで楽。部屋に着いたら着替えさせて」
「自分でやれ。ビールは冷蔵庫入れておくから。あと、すぐ夕飯だからな」
「ラフィオー。今日のご飯はなにかしら?」
「筑前煮だ。あと、菜の花のおひたし」
「おいしそう! ラフィオすごいじゃない! どんどん腕が上がってるわね! どれだけ言っても手抜きをやめなかった悠馬と大違い!」
「うるさい」
「言い返せないのね! やーい」
「買ってきたビール、全部流しに捨てるぞ」
「待って! それだけはやめてください!」
そんなやりとりをしながら部屋着に着替えた愛奈は、ラフィオの作った夕飯を美味いと言いながら食べてビールを飲んだ。
「今日は怪物も出なかったし、いい日だったわねー。もしかしてニュースもちょっと落ち着いてたり?」
上機嫌な愛奈がテレビのリモコンを押す。
『実は、わたしが魔法少女なんです! いえい! それで、こっちが覆面かぶった男の子なんですよ! わたしたち、付き合ってます!』
テレビで、今朝遥が受けたインタビュー映像が流れていた。
さすが、それなりに配慮してくれたマスコミは、遥の顔を映したりはしなかった。けど代わりに映された腰から下、車椅子のビジュアルと声で、愛奈はこれが誰なのかすぐに察してしまって。
「あんたたち、付き合ってるの?」
遥の思惑通りの反応をしてしまった。
「違う。付き合ってない。遥が勝手に言ってるだけだ」
「本当に? 本当に本当?」
「当たり前だろ。遥はただの友達だよ」
「むー?」
愛奈は俺に疑いの目を向けている。
「怪しい」
「そんなこと言われても」
「悠馬には、わたしがいるのに」
「姉がクラスメイトと張り合おうとするな」
「愛奈は悠馬の恋人になりたいのかい?」
ラフィオが、少し呆れた様子で尋ねる。そうだよな、愛奈の言動は、そういうことだよな。
「恋人っていうか? 夫婦? 既にそうなってるみたいなものだけど」
「こいつ正気か」
夫婦みたいとは昨日も言ってたけど。そこまで本気だとは。
「わたしが稼いで、悠馬が家事をする。そんな、半分くらい夫婦な生活をしばらく続けてたのよ」
「夫婦じゃなくても、別の家族でもそういう形あるだろ。というか実際俺たち夫婦じゃないだろ」
「将来的には、わたし悠馬に養ってもらうんだから! 他の女には渡さないから!」
そしてビールを缶から一気飲みする。
「悠馬! おかわり」
「ラフィオ。部屋まで連れて帰るから後片付けしてくれ」
「君も大変だね。複数の女の子から言い寄られてるのは羨ましいけど」
「片方は実の姉だからな。冗談じゃない」
愛奈に肩を貸しながら、部屋まで連れて行く。相変わらず散らかった部屋だ。
「悠馬ー。好き。キスして」
「姉と弟だぞ」
「関係ないわ! ふたりが愛し合ってるなら、それくらいの障害は小さなものよ!」
「愛し合ってるならな。俺は姉ちゃんほど、姉ちゃんのことを好きじゃない」
「けど、ちょっとくらいは?」
「…………」
「ベッドに押し倒してもいいのよ?」
「冗談きついな」
愛奈をベッドに寝かせてから、俺はすぐに部屋を出た。
愛し合ってる? 馬鹿を言うな。血縁者だぞ。
たったひとりの、血縁者だぞ。