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1-26.五人分の椅子

 女の子が小動物を可愛がる光景は、微笑ましいものだとは思う。けど、放置しておくと永遠に終わらない。


「つむぎ、そこまでにしておけ。というか、なんでここにいるんだ?」

「あ! 悠馬さんこんにちは! モフモフの気配を追いかけてたら、こうなってました!」

「そっかー」


 モフモフの気配ってなんなんだろう。たぶん、つむぎにしか感知できない何かだ。


「悠馬さんから感じてたのも、このモフィオの気配なんですよね!?」

「ああ。そうだな。ラフィオだけど」

「わーい! ラフィオ! これからよろしくね! お友達になろうね!」

「嫌だ! 断る! お前なんかと関わりになりたくない!」

「えへへ。わたしもラフィオと友達になれて嬉しい!」

「こいつ日本語が通じてない!?」

「それで悠馬さん、ラフィオはなんていう動物なんですか? 猫さん? ウサギさん?」

「ラフィオって生き物だ。とりあえず、説明するから家に来ないか? 姉ちゃん、いいよな?」

「うん。いいよ。ねえ、わたしは悠馬の、一番の女の子だよね?」

「それはもういいから」

「おい悠馬! こいつを家に上げる気か!?」

「お隣さんだしな」

「ああああああ!」


 遥に、魔法少女の説明もしなきゃいけないし。とりあえずみんなで帰ることにする。

 愛奈も泣き止みはしたし。

 まだ落ち込んでるのは変わらないけど。胸の大きさくらいで大げさな。



 ここは駅前の市街地。俺の最寄り駅まで電車で十分ほど。そこからさらに歩いて家まで十分。

 遥の車椅子を押してやりながらのんびり歩く。


「えへへ。ラフィオは、わたしが今までモフってきた動物の中で一番モフモフだね!」

「不名誉な称号だなあ」


 その間、ラフィオはずっとつむぎに抱きしめられていた。


「ここが悠馬の家か。お邪魔します」

「お邪魔しまーす」

「散らかっててごめんな」

「ごめんね。悠馬が普段から全然片付けないから」

「姉ちゃんも同じだろ。姉ちゃんの部屋、みんなに見せるぞ」

「やめてください! いいじゃない! わたしは家長なんだから! 掃除とかお片付けは悠馬たちの仕事なのよ!」

「こいつは本当に」  

「気にしないでください! うちも似たようなものなので!」


 小学生にフォローされてしまった。我ながら情けない。


 遥は、車椅子を玄関の端に止めた。

 うちのマンションはエレベーターがある。けれどそれぞれの部屋の中はバリアフリー対応とは言い難い。

 車椅子では、玄関の段差の時点で行けなくなる。


「ま、普通の家はそうだよね。よっと」


 よくあることだ。学校でも、細かな段差とか車椅子では通りにくい狭い場所はある。


 遥は特に気にする風もなく、車椅子の背中に手を伸ばした。そこに取り付けられているのは、折りたたみ式の松葉杖。

 軽く振ればカシャンと小さな音と共に伸びたそれを、右脇に挟んで立ち上がった。

 遥は扱いに慣れているから、松葉杖も一本で普通に歩行できる。


「おお……」

「かっこいい……」


 つむぎとラフィオが揃って驚嘆の声を上げる。


「ふふん。そうでしょそうでしょ」


 遥も得意げだった。このポジティブさ、見習っていきたい。


 とりあえず、リビングにみんな座ってもらう。

 少し前までふたり暮しだったけど、元は五人家族だ。椅子は人数分あった。


「まずは自己紹介から、かな。ラフィオは説明することが多いから後回しで。みんな俺のことは知ってるよな?」


 俺は全員と知り合いで、ラフィオもつむぎと遥を一方的に知っている。つむぎは愛奈とも前から面識はあるけど、後は初対面みたいなもの。


「自己紹介と言っても、僕はこいつと深く関わる気はないからな」


 ラフィオが、モフモフではない少年の姿に変身して、つむぎを警戒しながら言う。監視というか睨んでいるというか。

 当のつむぎの方は、ニコニコとラフィオを見つめていて、温度差が激しい。


「ええっと、自己紹介ならわたしから? 家長だし。双里愛奈です。悠馬の姉です。ここ何年か、悠馬とふたり暮らしでした。これって半分くらい夫婦なんじゃないかな!?」

「いや、姉弟だろ。普通に。なにが夫婦だ」

「半分くらい夫婦です!」

「ねえ悠馬。愛奈さんって面白いお姉さんだね」

「一緒に住んでなかったら、面白く見えるんだろうな」

「よろしくお願いします、お姉さん!」

「お、お姉さん……あなたにお姉さんと呼ばれる筋合いはありません!」

「いえいえ。お姉さんですよ」


 なんの張り合いをしてるんだ、このふたりは。

 仲が悪いというよりは、謎の対抗意識を持っている。


「その対抗意識の原因がわからない悠馬じゃないだろう?」

「うるさい」


 ラフィオの問いかけに雑に返した。ああ、わかってるとも。俺は鈍感な人間じゃない。

 ただ、現実を直視したくないだけだ。


「わたしは神箸遥です! 悠馬の同級生です! 見ての通り車椅子生活をしています! 毎朝悠馬に、車椅子押してもらってます」

「かー。車椅子なんて自力で動かせるものなのに、わざわざ悠馬に近づくために押させてるのかしら」

「ふふん。悠馬はわたしにはすごく優しいので! クラスの男子のなかで、わたし悠馬と一番仲がいいので!」

「ムキー!」


 だから。張り合うのはやめろ。

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