女の子が小動物を可愛がる光景は、微笑ましいものだとは思う。けど、放置しておくと永遠に終わらない。
「つむぎ、そこまでにしておけ。というか、なんでここにいるんだ?」
「あ! 悠馬さんこんにちは! モフモフの気配を追いかけてたら、こうなってました!」
「そっかー」
モフモフの気配ってなんなんだろう。たぶん、つむぎにしか感知できない何かだ。
「悠馬さんから感じてたのも、このモフィオの気配なんですよね!?」
「ああ。そうだな。ラフィオだけど」
「わーい! ラフィオ! これからよろしくね! お友達になろうね!」
「嫌だ! 断る! お前なんかと関わりになりたくない!」
「えへへ。わたしもラフィオと友達になれて嬉しい!」
「こいつ日本語が通じてない!?」
「それで悠馬さん、ラフィオはなんていう動物なんですか? 猫さん? ウサギさん?」
「ラフィオって生き物だ。とりあえず、説明するから家に来ないか? 姉ちゃん、いいよな?」
「うん。いいよ。ねえ、わたしは悠馬の、一番の女の子だよね?」
「それはもういいから」
「おい悠馬! こいつを家に上げる気か!?」
「お隣さんだしな」
「ああああああ!」
遥に、魔法少女の説明もしなきゃいけないし。とりあえずみんなで帰ることにする。
愛奈も泣き止みはしたし。
まだ落ち込んでるのは変わらないけど。胸の大きさくらいで大げさな。
ここは駅前の市街地。俺の最寄り駅まで電車で十分ほど。そこからさらに歩いて家まで十分。
遥の車椅子を押してやりながらのんびり歩く。
「えへへ。ラフィオは、わたしが今までモフってきた動物の中で一番モフモフだね!」
「不名誉な称号だなあ」
その間、ラフィオはずっとつむぎに抱きしめられていた。
「ここが悠馬の家か。お邪魔します」
「お邪魔しまーす」
「散らかっててごめんな」
「ごめんね。悠馬が普段から全然片付けないから」
「姉ちゃんも同じだろ。姉ちゃんの部屋、みんなに見せるぞ」
「やめてください! いいじゃない! わたしは家長なんだから! 掃除とかお片付けは悠馬たちの仕事なのよ!」
「こいつは本当に」
「気にしないでください! うちも似たようなものなので!」
小学生にフォローされてしまった。我ながら情けない。
遥は、車椅子を玄関の端に止めた。
うちのマンションはエレベーターがある。けれどそれぞれの部屋の中はバリアフリー対応とは言い難い。
車椅子では、玄関の段差の時点で行けなくなる。
「ま、普通の家はそうだよね。よっと」
よくあることだ。学校でも、細かな段差とか車椅子では通りにくい狭い場所はある。
遥は特に気にする風もなく、車椅子の背中に手を伸ばした。そこに取り付けられているのは、折りたたみ式の松葉杖。
軽く振ればカシャンと小さな音と共に伸びたそれを、右脇に挟んで立ち上がった。
遥は扱いに慣れているから、松葉杖も一本で普通に歩行できる。
「おお……」
「かっこいい……」
つむぎとラフィオが揃って驚嘆の声を上げる。
「ふふん。そうでしょそうでしょ」
遥も得意げだった。このポジティブさ、見習っていきたい。
とりあえず、リビングにみんな座ってもらう。
少し前までふたり暮しだったけど、元は五人家族だ。椅子は人数分あった。
「まずは自己紹介から、かな。ラフィオは説明することが多いから後回しで。みんな俺のことは知ってるよな?」
俺は全員と知り合いで、ラフィオもつむぎと遥を一方的に知っている。つむぎは愛奈とも前から面識はあるけど、後は初対面みたいなもの。
「自己紹介と言っても、僕はこいつと深く関わる気はないからな」
ラフィオが、モフモフではない少年の姿に変身して、つむぎを警戒しながら言う。監視というか睨んでいるというか。
当のつむぎの方は、ニコニコとラフィオを見つめていて、温度差が激しい。
「ええっと、自己紹介ならわたしから? 家長だし。双里愛奈です。悠馬の姉です。ここ何年か、悠馬とふたり暮らしでした。これって半分くらい夫婦なんじゃないかな!?」
「いや、姉弟だろ。普通に。なにが夫婦だ」
「半分くらい夫婦です!」
「ねえ悠馬。愛奈さんって面白いお姉さんだね」
「一緒に住んでなかったら、面白く見えるんだろうな」
「よろしくお願いします、お姉さん!」
「お、お姉さん……あなたにお姉さんと呼ばれる筋合いはありません!」
「いえいえ。お姉さんですよ」
なんの張り合いをしてるんだ、このふたりは。
仲が悪いというよりは、謎の対抗意識を持っている。
「その対抗意識の原因がわからない悠馬じゃないだろう?」
「うるさい」
ラフィオの問いかけに雑に返した。ああ、わかってるとも。俺は鈍感な人間じゃない。
ただ、現実を直視したくないだけだ。
「わたしは神箸遥です! 悠馬の同級生です! 見ての通り車椅子生活をしています! 毎朝悠馬に、車椅子押してもらってます」
「かー。車椅子なんて自力で動かせるものなのに、わざわざ悠馬に近づくために押させてるのかしら」
「ふふん。悠馬はわたしにはすごく優しいので! クラスの男子のなかで、わたし悠馬と一番仲がいいので!」
「ムキー!」
だから。張り合うのはやめろ。