両者の脚力の差はわからないけど、足の長いライナーの方が早かった。本気で駆け出した瞬間は、彼女の姿が見えなかった。
ほとんど瞬間移動のような速さでフィアイーターの前に回り込んだライナーは、そのまま奴を蹴り上げる。
俺たちの方に飛んでくるように。
「ねぇ! こいつどう倒せばいいんだっけ!?」
「コアを露出させて、そいつを蹴って壊すんだよ!」
フィアイーターの方を見れば、片手がひしゃげたように壊れていた。
マネキンだから、柔軟性のない硬い素材。強い力が加われば割れる。
その硬さが腕の振りの威力を高めていたのだろうけど、ライナーの強烈な蹴りと壁や天井への激突を繰り返していれば、どこかで破損するのは当然か。
素早さと蹴りの強さ。これがライナーの武器だ。
壊れたのは片腕だけではないらしい。服で覆われた胴の部分から、微かに黒い闇が見えた。コアが見えるかもしれない。
放っておけば傷が塞がる。早めになんとかしないと。
「ライナー! もう一回蹴れ! 今度は敵の胸を狙え!」
「わかった!」
再び、強烈な加速でフィアイーターまで肉薄し、勢いのままに蹴り上げる。
胸を狙ったのは間違いない。けど、外した。フィアイーターが慌てて起き上がって体をかばったから。
そのせいで、壁に激突したフィアイーターはもう一本の腕と片足まで折れていたのだけど。
「あいつも、片足で走ったりするかな!? いや、やるつもりだと思う! わたしみたいに!」
「怪物に変な共感するの、どうかと思うぞ」
「悠馬、やっぱり僕たちが奴を押さえつけるしかない」
「わかった。やるぞ」
新しい木片を拾ってきた俺を乗せて、ラフィオは駆ける。
片足で逃げようとするフィアイーターだけど、その逃げ足はさっきまでと比べてかなり落ちている。
ラフィオは楽々と追いついてその体を押さえつけた。そして敵の両足に体重をかけて、回復しかけていた方の足もろとも折る。
なおも体をバタつかせて逃げようとする敵を、必死に押さえつけている。
「悠馬! こいつの服を脱がせ! というか持ってるそれで破いてしまえ!」
「お、おう!」
「ライナーはコアが見えたらすかさず蹴るんだ! そのために光を集め直せ!」
「え? うん!」
ライナーは何度かの蹴りと遠慮のない走りによって、足の輝きが多少減ってるように見えた。
片足を掲げて天井の光に当てる。少しめくれたスカートから目を逸し、自分の仕事に集中する。
ラフィオから飛び降り、フィアイーターの服に木片の鋭い先端を指して穴を開けて、その穴から服を引き裂いていく。
女児向け商品のマネキンが着ていた、なんかのブランドの女の子向けの服が無残にも破れていった。
「なんか、ちょっとあれだね。悠馬が女の子を襲ってるみたいに見えるね」
「うるさい! 光は集まったか!?」
「もちろん! いつでもいけるよ!」
ちらりとライナーの方を見る。トントンと爪先で床を叩き、走る準備をしながら俺に親指を立てた。
俺も急ごう。
マネキンの胸部が露出した。果たしてコアはちゃんとそこにあり、最初に戦った傘のフィアイーターと同じく体の中は漆黒だった。
この前のペットボトルは特殊なケースだったかな。
「今だ!」
俺は叫びながらフィアイーターの体を掴んだ。ラフィオか退いて、フィアイーターの体を持ち上げられるようになる。
ライナーに向けて、怪物の体を掲げた。瞬間、ライナーが駆け寄って渾身のハイキックを放つ。
光る爪先がコアに直撃。砕いた。フィアイーターの体は黒い粒子に包まれて消えて、俺の手からバラバラになったマネキンと服の残骸が落ちていく。
「勝ったの?」
「そうだ。俺たちの勝ちだ」
「やったー!」
「うおっ!?」
ライナーが抱きついてきた。力加減してくれたのだと思うけど、自慢の脚力で飛びついてきたから支えるのに苦労する。
あと、胸が当たってる。なんだろう、セイバーにも同じように抱きつかれたけど、気恥ずかしさは感じなかった。姉だからか? それか胸の大きさか?
「やったよ悠馬。勝てた。悠馬のおかげでもあるよね。だから確信したの。わたしたちなら、勝てるって」
「ああ……がんばろうな」
耳元で囁くように言うライナーに、俺は少しだけドキドキしながら返事をする。
「そう。ふたり一緒に、ね。悠馬が敵を抑えてわたしが蹴る。さっきみたいに。……あっ」
なにかに気づいたというように、ライナーは慌てて俺から離れた。
「わたしが蹴るとき。その……ぱ、パンツ見えた?」
「は?」
「真正面から蹴ったじゃん。だからスカートの中、見えたかなって」
「見えてない。早くて」
本当だ。仮に見えていても、そうだとは言わないけど。
「本当かなー? てかこの格好、パンツどうなってるんだろう。うわー。パンツまで変わってるんだ」
「言うなよ。そんなこと」
ライナーは後ろを向いて、自分のスカートめくって確認してるらしい。もちろん俺からは見えてないぞ。見えるとしても、目を逸したからな。
「えー? 悠馬ってば気になるの? えっち! 変態!」
「うるさい」
「あはは。ごめんごめん。ちょっと変わった格好にテンション上がっちゃって。こうして見ると、かわいいけどすごい格好だね。かわいいけど。ほらほら、こことか大胆」
「ごめん! 遅れました! 定時になったらすぐ上がろうかと思ったら、あのクソ上司が引き止めやがったの!」
俺に胸元を見せてくるライナーの困った行為に、セイバーの声が割って入った。
助かった。本当に。