俺の手のひらに乗った鞄には、小さな宝石がふたつ。黄色と青だ。
俺が、遥が変身するかどうかを決めろと?
そんなこと。
「遥、こっちだ」
「ねえ悠馬。あれって」
「そうだよ。魔法少女と一緒に戦う仲間だ」
それが俺の名を呼んだのだから、もう隠すことはできない。けど俺は、遥に宝石を渡すのではなく彼女の車椅子を押して、少し離れた場所までの避難を選んだ。
スマホを見る。愛奈からは、できるだけすぐに行くとのメッセージ。まだ仕事中だったらしい。
「悠馬。わたしを魔法少女にして。じゃないと、あの怪物は倒せないんでしょ?」
「……ああ」
「ねえ。それからもうひとつ教えて。魔法少女に変身したら、わたしは片足で走れるような体力を手に入れられる?」
「それどころじゃない。失った足が生えてくる、らしい」
俺を見上げる遥の目が見開いた。
嘘は付きたくなかったから、正直にラフィオからの情報を伝えた。それで遥が、変身に執着することはわかっていても。
「悠馬、わたしに変身させて! できるんだよね?」
「できる。けど危険だ」
「危険?」
脳裏に、ひとりの少女の姿が浮かんだ。
愛奈が初めて変身した日、俺が助けた足を怪我した少女。
あの子を見た時は、俺は逆に遥のことを思い浮かべた。あの怪我が、もっと酷いものだったなら。
「敵は本気で人間を殺しにかかる。それを邪魔する魔法少女も同じように。恐怖がほしいから、散々に痛めつけてから殺す。もし、遥が死ぬことになったら? それか、残った足まで失うようなことになったら? それが、俺は怖くて」
「そんなこと! 悠馬が心配することじゃない!」
「!?」
不意に大声を上げた遥に俺は思わず一歩引いた。
「それは、わたしが心配することなの! 確かに怖いよね、わかる! けど、また自分の足で走れる望みと怪我の怖さ、選ぶのはわたしなの!」
俺が引いた分、遥は車椅子を押して詰め寄った。
「みんな言ってる。車椅子になっても元気だねって。そうだよ。元気だよ。自分でも呆れるくらいに。けど、なんの悩みもないって思われてるのは、どうかなと思う!」
遥はまた、車椅子で俺の前まで近づいていく。至近距離から向かい合う形。
ラフィオがフィアイーターと格闘、あるいは逃げ回っている音が妙に遠くに聞こえた。
「怪我のこと、車椅子のこと気にしてないって思われてるし、実際そうだと思う! けど! 自分で走れるならそうしたいじゃん! そのために戦う? いいよ! やってあげる! それくらいの危険は受け行け入れる!」
遥は、ゆっくりと手を伸ばした。
「大きな声出してごめん。驚いたよね。悠馬の気持ちもわかるよ。当然だよね。わたしだって、たとえば自分の妹が戦いたいって言ったら全力で止める。でも」
遥の意思は固い。それが伝わってくる。
「わたしは、自分の意志で魔法少女ってやつになりたいのです。それで後悔する日も来るかもしれない。けど、その時に悠馬を悪く言おうとかは思わない」
「別に、俺のことはどうでもいい」
「あはは。だよね。悠馬はそういう子だよね。……それからもうひとつ、わたしはこれからも、悠馬と一緒に学校に行きたい。毎朝一緒のバスに乗りたいの」
「それは、変わらずやってやる」
「そんな日常を、あの怪物が壊すなら、わたしはそれを許さない。わたしの周りに怪物が出てくるなら、わたしが倒す。わたしの朝はわたしが守る。だから、わたしを魔法少女にしてください」
俺に伸ばした手が揺れる。遥の覚悟はわかった。本気なんだな。
「わかった。黄色と青、どっちがいい?」
「え? 色? どっちでも……あ、陸上部のユニフォームの黄色がいいかな」
「じゃあ、握りしめながら、心の中に浮かんだ言葉を叫べ。それで変身できるはずだ。……頑張れよ」
黄色い宝石を渡しながら説明。遥はしっかりと頷いて、車椅子を動かしフィアイーターの方まで向かう。
ラフィオは、自分に組み付こうとするフィアイーターをなんとか回避。後ろの棚に積まれている服にフィアイーターが突っ込んで盛大に崩した。
「悠馬! こいつ素早いぞ!」
「そうみたいだね! けど、わたしも陸上部だから!」
「おお!」
「あなたが、ここ最近悠馬の鞄の中で暴れてた子だよね? あとは任せて!」
車椅子の上から、遥がラフィオに向けて親指を立てる。
ラフィオのこと、バレてたのか。そりゃ、あれだけ暴れて声を出してたらな。遥なりの気遣いだったのだろうな。
そして遥は立ち上がり、フィアイーターをまっすぐに見つめ、立ち上がった。
片足でバランスをとった、美しい立ち姿だった。
そうだ。遥は自分の力で立てるし、立てるなら走れる。魔法少女の力は、ただの手助け。
「ダッシュ! シャイニーライナー!」
愛奈の時と同じ。遥の体が光に包まれた。再び目の前に現れた遥の体は、全く違うものになっていた。
ピンク色のセイバーとは違う、全体的に黄色の衣装。
短いスカートなのは同じ。そこから伸びる二本の足のうち、元からある右足は膝下くらいまでの丈のソックスを履いている。
左足の方は、切断された箇所より上まで丈があるニーソックスで、それが店の照明を受けて煌々と光っていた。
足とソックスの境目に金属製のようなリングがあり、そこに変身に使った黄色い宝石がはめ込まれている。
セイバーと違ってお腹は出してないけど、胸元が少し開いていて谷間がかすかに見えていた。
あのソックスの中にあるのはなんだろう。血肉か、それとも光か。
どっちでもいい。まぎれもなく、遥自身の足なのだから。
「闇を蹴散らす疾き弾丸! 魔法少女シャイニーライナー!」
遥改めシャイニーライナーが、高らかに名乗りを上げた。