「大きい店から行こっか。百貨店とか」
「大きい方が欲しいものが見つかるのか?」
「それもあるけど、バリアフリー対応のお店が多いから」
「なるほど」
「じゃあ悠馬、車椅子押して!」
「自分でも動かせるだろ」
「ふふん。自分でもできることを、あえて誰かにさせるのが気持ちいいのです!」
「どういう意味だ」
労力を使いたくないとかの、単純な怠惰の話ではなく。
「わたしのために、誰かが動いてくれる。その瞬間に愛情みたいなのを感じられて、わたしは好きなんだよね……特に悠馬にお世話してもらうのが好きだから」
「なんて?」
最後に付け加えたようにぼそっと口にした言葉はよく聞こえなかった。
「なんでもないよー。やっぱり自分で動くより楽、みたいなことです! これも義足じゃなくて車椅子でいる理由のひとつかな!」
「おい」
遥がケラケラと笑う。楽っていうのは本当なんだろうけど、
理由はわかったから、遥の車椅子を押してやる。
「スカートほしいなー。夏に向けて短いやつ」
「スカートなんだな」
「うん。片足がないのがわかりやすいし」
「わかりやすい方がいいのか?」
また、俺には理解できない感覚だ。
「人にもよると思うけど、わたしはこの足を見せたいのです! というか、丈の長いズボンだと片足だけぺたんこで格好悪いし、長いスカートでも片足だけ出てるのはなんか変かなって思って。だったら思い切って見せるスタイルでいこうかと」
「なるほど」
「どんな障害か、わかりやすかったら助けてもらいやすいしね。それにほら、わたしの足綺麗だし?」
制服の短いスカートから伸びる、途中までしかない足を上下させた。思わずそっちに目が行ってしまい。
「あー。悠馬ってばわたしの足が気になるのー? もー、えっちなんだから。悠馬も男の子だなー」
「お前が見せたいって言ってるんだろ。押すのやめるぞ」
「待って待って! ごめんごめん」
楽しそうに笑いながら謝る遥。俺も別に怒ってるわけじゃない。
ちょっとした、平和なやり取りだ。
片足がないだけの普通の女の子との平和なひととき。
それが破られるのは、いつも突然で。
「悠馬。フィアイーターだ。ここから近いぞ」
自力で鞄を開けたラフィオが、俺の袖を引っ張りながら伝える。
「わかるのか?」
「感覚でね。出現は感知できる。あとおおよその距離と方角も」
「? なにか言った?」
「ああいや」
「怪しい」
遥は俺をじっと見つめた。ラフィオは慌てて鞄の中に戻ったから姿は見られていないと思う。
「今、わたし以外の誰かと話してたよねー?」
「そんなはずないだろ」
「本当かなー?」
車椅子の上でこちらを振り返りながらの詰問にどう答え、怪物の対処に移るべきか悩んだのは、ほんの一瞬だった。
直後、館内放送が流れた。女の声で、随分と慌てた口調で館内に怪物が出現したことと、係員の指示に従って避難してほしいと告げた。
突然のことで慌てるのは別として、こういう時の対処法を数日のうちに作っていたのはさすが大型店舗だ。
「逃げよう、遥」
「戦わなくていいの、悠馬?」
「……」
車椅子を押そうとした手が止まる。
「怪物、ちょうどこの階で暴れてるみたいだね。行こう」
「おい待て!」
スマホの画面を見た遥は、自分の腕で車椅子を動かして移動。既に避難を開始している他の客とは逆の方向だ。
ネットを見れば、今どこにフィアイーターがいるかの情報はなんとなくわかるか。逃げる前に誰かが写真を撮ったりもしただろう。
遥はバリアフリーの行き届いているこの百貨店をよく使ってるから、その写真から位置を特定できる。
「待て遥! 危ない! ラフィオ、姉ちゃんに連絡だ!」
「すでにやっている」
ラフィオが俺のスマホを操作して愛奈にメッセージを送っているのを確認。俺は、戦闘に備えて用意していたハンドタオルを手に取りながら遥を追いかける。
「戻れ! 危ない!」
「でも、悠馬と魔法少女さんが守ってくれるでしょ!?」
「なんのことだよ!?」
「わたし知ってるもん! 魔法少女と一緒に戦ってたのが、悠馬だって!」
車椅子を止めて振り返りながら、遥は真剣な表情で告げた。
「なんで、それを」
認めるような聞き方。本気でわからなかったからこう聞いてしまった。
遥は、にっこりと笑顔を見せる。
「魔法少女と、うちの制服の男の子が戦ってる動画を見たの。男の子の方はすぐに悠馬だってわかったよ」
あの戦いの動画を撮っている奴はいた。死んだあの男以外にも。その動画がネット上で話題になってるのは想像に難くない。
けど、俺は覆面をしていた。
「なんでわかったんだ」
「わかるよ。だって、悠馬のことずっと見てたんだから。歩き方も、慌てた時の動きも」
「フィアアアアァァァ!」
遥の返事と同時に、聞きたくない声が耳に入った。
俺たちの周りには人はいない。みんな避難したんだろう。だからフィアイーターは恐怖を生み出す相手としてこちらを選んだ。
フィアイーターは、子供の姿をしていた。正確に言えば、女児向けの子供服を纏ったマネキンだ。
なにかのブランドらしいシャツにスカートを纏った児童サイズのマネキンは、元はのっぺらぼうだったのがフィアイーターとしての凶悪な顔に変わっていた。
服装自体は可愛いものだけど、子供に似つかわしくない凶暴性を持っているのは確実。そして小さいながらも素早い動きで、こっちに猛然と走り寄っていく。
「悠馬。あとはお前が決めろ」
鞄から飛び出たラフィオが、首から下げている自分の鞄を投げて寄越してから、巨大化した。